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Think Like Talking.

変わりゆく変わらないもの

The Changing Same

 今回は自転車ではなくパソコンのお話WindowsXPのサポート

終了まで残り数日。サポート終了の理由やそれで何が起こるかは

専門のメディアが多々取り上げているので、OS移行狂想曲を

傍で見ている感想など。

 

 まず自分のPC歴について。

 

 自分がパソコンに触れたのは大学1年、95年の頃。近所の人が

使っていたNECのPC9821Aeを譲り受けたのが最初。当時はまだ

Windows3.1末期、HDDは120MB、CPUクロックは33MHz程度、

メモリはなんと8MB。今の1000分の1の性能と考えればいいか。

インターネットはようやく言葉が出てきたくらい、回線は

NTTのテレホーダイ云々でマニアのためのもの。タッチタイプ

全く使えなかったので、ほとんど起動しないまま時代遅れに

なってしまった。

 

 Windows95が出て大学のPCルームで学内BBSを使ったりeメールの

基礎を覚えたり、学科の課題でプログラミング(TurboPASCAL)を

かじったり、その頃ようやくEPSONのノートPCをこれまた譲り受け、

ようやく本格的にいじり始める。タッチタイプはこの頃、雑誌付録の

フリーソフトで練習した記憶がある。

 

 98年末、Windows98リリースの頃にThinkPad560Eに出会う。

当時札幌駅西口高架下にT-ZONEがあり、アウトレット扱いで半額以下で

売られていた560E。先輩が535を使っており、質実剛健なその姿に衝撃を

受けてThinkPadについて調べるうちに、他のPCは考えられなくなっていた。

当時は初代のVAIOがまさにブームを巻き起こし、中学生くらいがポケベル

ポケットボードなどでメールを使い始めた頃、NECモバイルギア

カシオのカシオペアを使う「モバイラー」という言葉が聞こえ始めた頃。

その頃から世間の主流からずれた物を選択する人間だったわけですな。

 

 で、自分は98年から2014年現在まで、自分用のマシンはThinkPad一択。

その間IBMからLenovoに変わったけど、他のマシンでこの操作性・使いやすさを

超える物が出ておらんのですよ。それはまた別の話で。

 

 OSもWindows98、Me、XP、Vista、7、8、8.1とひと通りの流れで

触ってきたくらいにして。どれも戸惑うのは最初だけで、使ってりゃ慣れる

XPが出てきた時の安定性は感動したもんです。直前に使っていたのがMe

だっただけに(笑)。

 ThinkPadはその間、560E→i1800→R40e→T42・X22→T400→X100e

→X1(イマココ)と変遷。XPは実質i1800からX22までの4機種で使用。

確かに一番長く使ったOSかもしれん。でもT400を2009年に購入しVista

移行した後は、なんだかんだでVista系に慣れてしまったなぁ。7のRC

(Release Candidate=製品候補版)をT42に実験的に入れて使ったので、

T400は7発売日に速攻導入したし。8もなんだかんだでリリース当日に

移行したくらいにして。

 

 で、本題のXPサポート終了に伴う強制移行について。

 どんなものでもそうなんだけど、慣れ親しんだ環境からの移行に

どうしてこうも抵抗勢力がいるのかと疑問に思うことが多々あるのですよ。

生活環境が激変するわけでもなく、ぶっちゃけ使う電子機器のUIが変わる

程度のことにどうして頑なに抵抗するのかと。

 地デジ移行の頃も似たようなことが起こったと記憶があるんだけど、

少しでも有利な条件を引き出そうとして最後の最後までゴネているのか?

と見えてしまうのですよ。

 

 移行を渋る人の心理ってなんだろうね。

「使い慣れたXPで十分」「OSメーカーの戦略に踊らされない俺カッコイイ」

「PC買う金が勿体ない」「渋れば渋るほど良い条件が出るんじゃね」

「雑誌で8とか使いづらいって書いてたし」「大してネット使わないし」

 とかってことなんだろうか。

 

 じゃあパソコンもスマホも持つんじゃねえよ。

 

 暴論を吐くならそういうことになる。自分の使うアイテムの利点・欠点、

リスクを考慮しないで、安直に使う人間自体がITリスクになっている。

 

 俺が職場やプライベートでパソコン関連の相談を受ける時に、必ず

前提として言うことは「パソコンは永久に半完成品」「家電とは違う」

ということ。どんなに対策をしたとしても、新たなセキュリティリスクは

発生するし、家電のように決まった用途・動作しかしないものではないため

不具合やトラブルが起こっても「そういうもの」と割り切るしか無い。

昔からパソコンを使っている人はその辺をわかっているからこそ、

何かトラブルがあったらその解決法を探したり試行錯誤をするのだが、

いわゆる「教えて」の人たちはそうではない。深いところまでは別に

必要ないまでも、最低限の知識は自分で調べるべき。

 

 そして、新しいものについての感想など、「自分で」体験して判断

するべきである、と。雑誌などで特集が組まれているのはあくまで

参考になるだろうけど、それは自分のリアルな感覚ではない。

ローエンドのマシンでも十分と感じる人もいれば、ハイエンドのマシンでも

十分と感じない人もいる。XPしか触ったことのない人が、もしかしたら

OS Xで何かが弾けるかもしれない。7で十分と思っていたら、8以降の

レスポンスに感動するかもしれない。

 

 後戻りできない時間の中で前に進むしか無いのなら、先にあるものを

早めに体感して自分のものにしてしまった方が、ずっと有益だ。

 

 自分は子供の頃から、対象年齢の若干高いものを与えられてきた。

 幼稚園の頃からカッターを持たされ、手を切れば血が出て痛い、でも

上手く使えば便利ということを学んだ。漢字のある漫画を読んで、

分からない部分は祖母にふりがなをふってもらいしつこく聞いた。

周りがビックリマンチョコなどで遊んでいる頃、タミヤのラジコンを

一人で組み上げて動かしていた。

 

 何が言いたいか。

 親世代、すなわち大人と言われる世代がこれから必要になるであろう

新しい道具・世界を、子供に見せてきたということ。ブームだ何だ、

ということではなく、子供が興味をもつことを先回りし、ある程度

子供が感じるだろう痛みを覚悟した上で取捨選択し提示すべきである、

ということ。

 

 今の世の中ではそうしたことがどれだけあるだろうか。

 大人が声高に「保証」や「安全」、「責任」を叫ぶだけで、リスクを

徹底的に忌避する世情。子供が怪我をする・不衛生だと、ヒステリックに

クレームを入れ、その中で育った子供が対処する術を学ぶ機会を奪う。

 

 これからの世の中、どうしてもIT系の技術に関わらないという生活は

余程のことがない限り考えられない。ならば、大人と呼ばれる世代は

きちんとそれを知らなければならない時代にいることを、理解しなければ。

今や小学生ですらタッチパネルを普通に扱う。新しく出てくるサービスも

子供は大人の知らないところで使うだろう。その時、大人は何を子供たちに

示せるだろう。

 

 そうしたことを放棄してしまうことで、子供の世代が善悪を判別できない

内にITに飲み込まれてしまう危険性をはらんでしまうのだ。簡単にいえば、

大人がITを使いこなせなければ、子供を育てることなどできない」時代

なのだと。

 

 どうしてもついていけないご高齢の人たちは仕方ない。そのためには

ハードルが高過ぎると知っているから、無理強いはできない。

 しかし、例えば30代~40代前後、また50代の前半位はどうだろう。

まだ新たなことを吸収できる素地はあるのではないだろうか。学習する努力を

放棄したがために、全てをメーカーの責任にしてユーザーとして選択する・

使いこなす能力を喪失してしまった。そのために日本の競争力が激減したと

どんな分野でも当てはまるように思うのだ。

 

 不便であることを厭うな。そして自分が感じるリアルな感覚をこそ信じる。

どんなことでも通じる、今本当に必要なことなんじゃないだろうか。

 

 思い切り話を飛ばしてしまうと、

 

今のOSなんて恵まれすぎてて何が不便?

 

 と思うわけですわ。昔はPHSとケーブルで繋ぎ、10秒10円でメールを送り、

動画コンテンツなんて夢のまた夢、設定ファイルを自分で探しだして変更、

いいところでハングする処理、などなど...。今や至れり尽くせり。コレで

文句を言うとは何事だ!!! と。更に上の世代にとってはもっと隔世の感が

あるのだろうと。

 

 そろそろクロージングと行きますか。

 ガタガタ言わずにヨドバシ(ビック)行け。とりあえず触れ。そして買え。

子供にバカにされないように、大人の選択をしろ。ザッツオール!!!!

 

 

Microsoft Windows 8.1

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