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愛のことば

 ドラマ「あすなろ三三七拍子」のテーマ曲ですな。MVが若干不気味...。


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 さて、ステラプレイスを歩いていたら3階の展示エリアで忌野清志郎展をやっていた。ステージ衣装や自画像を始めとしたキヨシロー氏縁の品が展示されていた。

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 プロの人が残した言葉ってのは重い。よく夜の駅前とかでストリート・ミュージシャンの人たちが歌っていたりするけど、その中でチャンスを掴む人たちはほんの一部。プロになるならないは別として、自分たちだってクラシックの楽曲をきちんと聞いてもらうのは大変なことだった。

 ので、安易に握手券とか初回特典とかで釣り上げる商法は大嫌い(笑)。

 

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 そうなんだよね。今はネットとかである程度の予備「知識」は手に入るけど、本当に大事なのは自分がそれに触れて何を感じるか、なんだ。

 

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 さっきの話につながるよね。自分が余りSNSとかに縛られないのってこれもあるんだ。Facebookとかで何人フレンドがいようとイイネがつこうと、単に事務書類の閲覧済みの捺印になってしまいそうで。だから、自分はイイネとかはてなだとスターはちゃんと相手の日記を読んだ上で、いいと思ったら付ける。内容によって、これはイクナイと思ったらつけないし、ホントにおめでとう!!!な日記だったら7つ付けるのが自分ルールだったり(笑)。

 話が逸れたけど、繰り返すけど「ネットではこう言われてるから」というのはあくまで他人の情報であり、真偽は自分で触れなければわからない。むしろ、自分に本当に関係があるかすら不明な情報で踊らされる可能性があるわけだ。ならば、自分の生身の生活で出会う事象についてだけ、そして目の前の現実をいかに捉えるかをもっと精度よく感じる事に神経を費やすのもいいんじゃないだろうか。ネットなんて無い時代、生物としてのヒトはそうして生きてきて、生命力にあふれていたのだから。

 

 他にもパネルが色々あったけど、その辺は恐らくキヨシロー語録でも検索したら出てくるかも。それに触れてその人が何を感じるか、に委ねましょ。

 

 さてさて最初のドラマ「あすなろ三三七拍子」の話題。

 廃部寸前の大学応援団を題材に、柳葉敏郎やら反町隆史やら剛力彩芽やらを持ってきたフジテレビのドラマ。正直月9の「HERO」に話題を持って行かれていまいち注目されていない印象なんだけど、自分的に意外に火9枠は面白いドラマやっていたりするのだよ。

 詳しい内容は来週以降覚えていたら見ていただくとして、今回の「こんな無駄な事ばっかり、やる意味があるんですか」というセリフに反応。

 そうなんだよな、今は「これこれこういう目的があるからこれをする」という「説明」がないと動かない奴が多すぎるんだな。でも、そういう目的を説明したとしても、「納得」というプロセスがないと結局今の奴らは動かない。目的がはっきりしていても、それに「意味」を見出さないと「自分がやる必要はない」という判断を下してしまう。

 

 生物としてのヒトが仕事だ生活だでしている事の大半は、生存という意味合いでみたら全く無駄なことばかりだろ。動物・生物としては結局飯を食って暑さ寒さを凌いで生存するというのが究極的な「目的」なのだ。それ以外の社会的行為自体は人間社会の中では意味を持ち価値を見出すものだが、それは「他人」が判断する事が大半だ。その辺、若いのは気づかないことが多い。だから、「こんなことに意味があるんですか」と平気で口に出す。

 

 意味なんて元々どんなことだって無いんだよ。

 

 そこに意味を見出すのは、自分でしか無い。

 そこに価値を付けるのは、自分ではなく他人。

 価値をつけてもらうのはそう簡単じゃないからこそ、今していることの意味がいつか未来につながると信じなければやってられない。どんなに理不尽でも不遇だとしても、必ず何かにつながっていると自分で意味を見出す。価値を他人に認めさせる。「辛い」と弱音は吐いたっていい。でも不平と悪意は口にしたところでどこにもつながらない。

 それに気づくのは、やはり自分が生身でそこに辿り着いた時しかわからない。

 

 キヨシローの言葉と、ドラマのシチュエーションが何となく重なった一日でしたと。