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Think Like Talking.

変わりゆく変わらないもの

君といつまでも

 いつかは大人になるんだろうけど。

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・君といつまでも

 早くも7ヶ月を迎えた我が子。寝返り打ったり声を出して笑ったり乳歯が生えてきたりもりもり離乳食を食べたりと、毎日違う顔を見せるというのは本当で、気がついたら新しいことが出来るようになっていたり。

 

 別に今のところ自分にも子供にも大病の気配は無いのでなんだかんだという事は無いのだけど、最近のニュースだ何だを聞くにつけ「自分の子供だったら」などと考えることが多くなった。

 子供が被害に遭うニュースに限らず、問題だの不祥事だのを起こした人=大人に関するニュースも。

 

 なるべくなら、そうならない人間に育てたいなぁなんて思うけど、そんなに簡単なことじゃないというのもわかってる。自分だって、何のはずみでそうした側に突き落とされるかわからないのだ。

 

 子供を育てている、というのはおこがましいが、子供に向き合っていると、自分がこんなにも子煩悩だったのかと驚かされる。そして、仕事以外の時間をこんなに子供に振り向けることができた自分に安堵する。

 元々やりたいことや趣味の時間が大事で、妊娠前の嫁と二人だけの頃などはそれが削られることに実感が持てなかったり、それに抵抗があって子供を持つことに躊躇したりした時期があった。自分がネグレクトに陥るのではないかという恐れというか。

 

 実際に子供が生まれて、何かのタイミングなのか自分にもそういう機能が備わっていたのか。不思議にそういう生活になった。ミルクを作り飲ませ、哺乳瓶を洗って消毒、泣けば抱っこしてあやして寝付かせ、おっかなびっくり風呂に入れてぐずればおかしな歌を歌ってまたあやす。おむつの交換はまだちょっと苦手。チャイルドシートに乗せショッピングモールでカートを押し、リビングではあぐらの間に座らせてテレビなんか見たりする。

 

 そうか、俺にもこんな時間が持てるのか。

 

 ふと、腕の中で眠りかけの子供につぶやいた。

 

「俺を親にしてくれてありがとう」。

 

 まだまだ始まったばかりの子育て。たった7ヶ月。

 携帯のメモリーに大量に蓄積された、子供や家族の写真。きっとこれからも増えるのだろう。

 手間の掛からない年になってくれよと思う反面、急いで大人にならないで、と思う勝手な大人。そんな風に、自分も育てられたのかなと思うと、少し泣いた。

 

 子育てをしている人たちにとっては、多分当たり前のことなんだろう。

 きっと皆が、多かれ少なかれ大変な思いをしながら、命に向き合ってきたのだろう。向き合っているのだろう。向き合っていくのだろう。

 

 勿論自分だって自分なりに大変だけど、なんでだろうな、少しでも一つ一つの時間を大事にしたくなった。そりゃ人間だから「ウイー早く寝てくれよーぐずんないでよー」とか思うこともあるけど、きっと横抱きで揺らしながら寝かしつけるのもすぐにできなくなるんだろうなと思ったら、スーッと微笑ましい気持ちになっていくんだよな。

 

 命ってのは不思議だ。