Think Like Talking.

変わりゆく変わらないもの

MILK

 タイトルは槇原敬之から。

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・MILK

 息子が生まれて3年が経った。しばらく忙し過ぎてブログも書けてなかったが。7月に無事3歳になりました。ドリフのズンドコ節を歌ったりだとか、親の口真似をし始めたりだとか、いよいよもってGT-RのR32/33/34/35を区別できるようになってきたとか、子供の成長って早いよなぁと。

 

 そんな中、共働き世帯であるうちは二世帯同居でもある。日中はうちの両親に息子を見てもらっているのだが、今般妹夫妻がうちの両親を旅行に連れて行ってくれるという話になり。その行き先が

 

 シンガポール5泊6日。

 

 土日を挟むとはいえ、休みを取らなければ急遽のことで息子を見てくれるような公的施設があるわけでもなく。さらに言えば親戚もはるか40kmほど離れた町にいるため、おいそれと送り迎えしてお願いできるはずもなく。

 かくして普通の家族は普通にこなしている「核家族共働き生活」をすることになる。大げさな、とお思いだと思うが、うちの家族にとっては一大イベント。嫁と休みを入れる日程を調整し、1か月前から仕事のスケジュールを調整し、さぁどんとこい状態。

 

 結果的に、当然のことながらいつもの休みと同様に楽しく過ごして終わったのだが。ただ、この期間の間に一つ変わったことがある。それがタイトルのMILK。

 

 息子は3歳になってもフォローアップミルクをやめられず、起き抜けと湯上りのミルクが欠かせなかった。ビールや牛乳のような「この一杯のために生きてるなぁ!!」みたいなノリで飲むのだが、いかんせんミルク。プレ保育の子供の中では少数派のようらしく、何とかしないとなぁと思っていたのだが。ちょうど折しも在庫のミルク缶が無くなるタイミングと重なり、俺とマンツーマンの日になったので息子に空になった缶を見せてこういってみた。

 

「いいか、大事な話をするからね。ミルクが無くなりました。缶を見てみて、ほら無いでしょ。(息子)が生まれた時からずっと見守ってきてくれた哺乳瓶も、次の赤ちゃんのところに行かなきゃならないんだって。(息子)はお兄ちゃんになったから、我慢できるかい?」

「できる」

「そうか、いい子だ。この哺乳瓶はね、(息子)が生まれて一番最初に飲んだ哺乳瓶なんだよ。今日までずーっと、(息子)を大きくしてくれたんだよ。だからお父さんとありがとうしようね。」

「ん、ありがと」

「よくできたね。そしたらこのミルク飲んだら、明日からお父さんと同じ牛乳とか飲むか!! お兄ちゃんの仲間入りだね。」

「うん!! のむ!!」

 

 という話の流れで、これまでずーっとぐずっていたミルク離れ、あっさり完了。その日のノリだけかなと思っていたら、翌朝からほとんどミルクのことを欲しがることもなく。台所で大小の哺乳瓶や洗うためのブラシ、消毒用のあれこれを一通り洗いながら、とめどなくミルクにまつわるあれこれを思い出していた。

 

 最初の1か月くらいはやれ40ccも飲んだだの、離乳食はどうするだの、夜泣きの時には2時間おきくらいにミルクをやるのに寝る前にセットを作るだの、出かけるときに持ち歩くセットがどうのだの。こうやって子供は大きくなっていくんだなあ。

 

 トイレトレーニングで今度はオムツがいらなくなる日がくるんだよな。

 

 赤ちゃんの時期が、また少し遠ざかっていくんだな。

 

 ずっと赤ちゃんでも困るけど、親の手が必要な時期がもう少しだけ続いてほしいなぁ。

 

 なんて考えながら、ミルクのセットをしまう。もう少しだけ、哺乳瓶はすぐ取れるところに置いてあるけど。なぜって?

 

 嫁さんが、「念のためミルクもう一缶買ってきたから!!」。

 

 Oh...

 

 というわけで、未開封の「つよいこ」が今もあるのです。どうしてもぐずってダメだったら仕切りなおすための予備。どうしますかねぇ...。