Think Like Talking.

変わりゆく変わらないもの

Power of the Light

 北海道胆振東部震災の話、その2。

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・Power of the Light

 明けて7日。職場は何とか営業再開を目指すべく朝からスタート。朝日が上がるのは素晴らしい。髪の毛を冷水で洗い、ひげも冷水で剃る。テレビは当然つかないため、家族にワンセグの映るZ4を預けて所々で見るように伝え出社。

 

 信号は所々の区画で稼働していたりいなかったり。交差点は慎重に通過。コンビニは一部開いているようで、自宅の隣の区画にある店は明かりがついていた。しかし外から見る限りでは食品系の棚はすっからかん。朝から営業していると思われるガソリンスタンドには長蛇の列。たまの「明日からガソリン価格が跳ね上がる」というときの行列とはわけが違うため、まぁ仕方ないかとその横を通過する。

 

 仕事自体はいつも通りに近い状況で。昨日の教訓で、充電すべき最低限の機器のアダプタを持参。悪いがこれくらいは自衛のために使わせてくれ。といっても、自分の携帯とバックアップ用のモバイルバッテリーだけだが。

 関係各所は泊まり込んだと思われる人や、早朝からスタートしている人たちなど様々。自分も例にもれず、昼飯は持ってきていない。といっても非常用にとっておいたカロリーメイトが命綱。職場は電気が復旧していたため、自動販売機は作動している。断水もない。さあ、ほかの人たちのために踏ん張る時だ。

 

 結局家に帰ったのは20時近く。ソフトバンクの回線は基地局の非常用バッテリーが尽きたのか6日の夕方から7日の16時ころまで使用できず。ほんの一瞬パケットが届くのか、緊急ニュースだけが届きメールもままならない。急に16時ころに電波が通じだしたので、そのあたりで電力復旧のエリアが拡大したと思われる。これでは余震ででかいのが来ても緊急速報も入らんし、家族との電話もできん。むーん。

 

 帰宅して何とか飯をかっ込み、前日と同じようになにもすることがないので早めに寝るか、と息子を寝かしつけ。あっという間に寝入った息子を挟んで、嫁と暗闇の中でのピロートーク。さっきの通りの通信状況だったためニュースが入らず、その間の話を。色っぽい話ではないのだ。

 なあんてしている間に、21時ちょうど。いきなり部屋の明かりがついた。復電。携帯の回線がつながっていたので、FBなどで安否報告をしながらの会話だったのだが、嫁とグータッチ。1階の両親も「電気ついたよ!!!」と。まだ近所は街灯がついた程度で復電に気づいていない様子。停電の時についていたテレビと照明を一旦消し、居間に集まる。冷蔵庫が何とか食品が腐らないギリギリのところで動いてくれたのはでかい。冷凍庫は冷気を逃がさなければ2日くらいは氷が融けないことが分かった。

 

 都市ガスは問題なかったので、今後のことを考えて風呂と洗濯、またバッテリー系のものを少しでも充電しておく。計画停電になっても対応できるように。

 この段階で、ようやく家族もまともなニュースでこの地震の影響を知る。自分たちの状況的に、この程度で済んでよかったのだと改めて認識。

 

 翌日からさらに激務。詳しいことは言えないが、復旧のための手助けの末席ではあるが、自分たちがここで戦うことで自分に連なる誰かが少しでも日常を取り戻せるはず、と考えながら。自分に意外にもこうした思考ができるのだな、と思ってみたり。

 

 電力が戻ってくれたおかげで、家の方の心配は大幅に減少。とはいえ食料品の調達はまだ困難。冷凍品が残ってくれたおかげであと数日は持つ。缶詰の偉大さを再認識。

 そしてね、やっぱり現代人電気とガソリンに依存してるんだなぁというのも再認識。情報が1日遮断されただけで、こんなに不便に感じるとは。バート・レイノルズが亡くなっていたなんて!!!

 

 というわけで、震災からまずは4日目が過ぎようとしている今、ちゃんと生きてます。トップ画像はまぁ、家族こんな感じで寄り合いってイメージで。