Think Like Talking.

変わりゆく変わらないもの

BBQパーティー

 というタイトルの曲があるですよ。キリンジ

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・BBQパーティー

 電気復旧後の思うところを備忘として。とっても長いです。お暇なときに。

 トップは地震から5日後11日の札幌地下街。画像は露出の関係で明るく見えるけど、本当はもう少し暗い。

 土日の休日返上仕事の代休を取って、動き詰めで疲労の蓄積していた体のメンテナンスのため札幌へ。電柱は所々傾いていたり、厚別近郊は信号機が明後日の方向を見ていたり。それでも市街地や人の波は多少の減少はあるものの普段に近い営み。人間の強さというかなんというか。

 

 今回、自分が「被災地」である北海道の道央圏にいて、道外の人から見たら「被災者」のカテゴリに入るようになって思ったことを。

 

・不謹慎だとか誰が決める

 タイトルの「BBQパーティー」というのは、SNSなどでも話題になった「被災直後にバーベキュー(北海道なのでジンギスカン)パーティーやってる」という事実。これを「不謹慎」と取るか、「冷蔵できない食材を先に消費するための合理的判断」とするか、もちろん後者なのだが、地方の文化やサバイバル術としての方策を「不謹慎」と糾弾する層が一定数いても確かに不思議はない。でもさ、普通に考えたら想像できそうなもんだ、と思うのだが。

 

・AC、やっぱり多く感じるな

 東日本大震災の頃ほどじゃないにしても、放送各社やスポンサーの自粛なのか、ACのCMが一気に増える。これはこれで震源に近く今も(15日現在)大変な思いをしている厚真町や安平町などの方々にとっての配慮としては間違っていないのかもしれない。

 ただ、地震に対するPTSDも徐々に判明しつつある現状で、もう少し比率を変えてもいいんじゃないかと思う。日常と同じ状況をある程度演出することで、心理的反射を抑えるというか。ACのCMに罪は全くないのだが、どうしても今の比率で流れているのを見ると「大災害」というのを押し付けられている気分になってくる。

 確かに被災で激甚災害認定もされているし、北海道が経験したことのないクラスの災害なのだ。でも、多くの人たちはすでに「普段の日常」を8割がた取り戻して復旧に取り組んでいたり、残りの2割の人たちも懸命に生きている。だから却って「そこまで配慮しすぎなくてもいいですよ」という感じになるのだ。

 サウンドロゴすらなしのCMは、おそらく東日本大震災の時の教訓なのだろうが、今は竹原ピストルさんの曲がヘビロテで流れていてなんとも(笑)。CM自体はこういう状況でなければとてもいいと思うのだが。

 

・情報発信の是非・信憑性

 これは本当に、その真っただ中に置かれることで本当に考えさせられた。情報が遮断された状況の中だったため、こちらから発信できるのはせいぜい一瞬つながるネットでの安否発信程度しかなかったのだが、電力が復旧した後も下手なことは発信できないと痛感。

「○○からの情報で、強い余震がいついつに来る」だの、「断水が始まる」だのという今となってはガセネタが、普段ならソースを確認してから発信すべきものがフィルタを通さずに一気に拡散されてしまう。しかも大半の人たちがテレビすら見られないから、公式情報ではない話をもとに走ってしまう。これには参った。

 仕事柄信憑性の高い情報をもとに行動する部署にいるはいるのだが、それでも情報が遮断されるというのはこういうことなのだ。

 好意による情報も、非常時には「敢えて発信しない」「簡単に信用しない」方がいい場合もあると自分は思ったよ。もちろん、避難所情報やFB・Twitterでの救援情報なども目にしてそれはそれでいいと思ったけど、ある程度の単位(個人ではなく、町内会などの少数単位)で発信すべきじゃないのかなと。こうした非常時に個人で「うちで電気が通ってるので充電どうぞ」とか提示できるのは素晴らしいのかもしれないけど、火事場泥棒じゃないが二次被害のような事件が起きてしまうのも残念ながら否定できない世の中。人間の両面が存在すること、好意のみですべての人が動くわけではないことを持っておかなければならないのかな、なんて思った次第。

 

・身近な人とのつながりを大事にしなきゃ

 常々、自分は友達を作ることや人づきあいが苦手だ。人当たりは悪くないと思うが、どうやってプライベートや仕事上以外の付き合いをしていいかわからない。

 そんな人間ではあるが、今住んでいるのは古くから(子供時代から)住んでいる場所。建て替えをして二世帯にしたが、周りの人たちは40年来お世話になっていたり、顔を見知っている人たち。今回、これがいかに大事なことかを痛感。

 地震直後、夜が明けつつあるころに外で声がすると思ったら近所のおっちゃんたちが昔の長屋よろしく路地で雑談。お隣さんとガスコンロのボンベを融通したり、ろうそくを分けてあげたり、普段から交流があるからこその助け合いはこういうものなのだと。

 SNSとかでの友人数を誇ったりは端から興味がないので別にいいのだが、遠くの友人との安否確認には確かに便利ではあるが自分や家族のリアルな生存を考えたときに半径100mの付き合いがいかに重要か、こういう時にわかる。

 よく、ネットで広い世界が居ながらにしてわかる、なんていうけども近所にある防災関連の設備や新しくできた店すら気づかないのは滑稽なもんだ。自分への戒めとして、ここに残しておく。

 

・防災物品、やっぱり大事

 食料などは買いだめしておくわけにはなかなかいかないものの、サバイバルのためのツールは本当にあってよかった。といっても前のエントリで書いたLEDランタンやモバイルバッテリー、ガスコンロは基本として、何かを加工するためのマルチツールや最悪ガス欠になったときの自転車など、「なんとでもできる」という開き直りの裏付けになるものを持っているのは心理的に大きかった。

 今回の物流打撃が落ち着いたころ、防災物品をある程度揃えておこうと思ったよ。今はまだみんなが一斉に踊っている時だから、ある程度俯瞰で。

 

・電気、商品、そんなにいるか?

 さてトップの画像に付随して、節電の話。

 現在も節電が呼びかけられ可能な限りの協力をしているが、家庭でできることって結構あっという間に終わってしまうんじゃないだろうか。煌々と明かりをつけるだの無駄に電気を使うようなことってあまり思い浮かばないのだが。うちだけ?

 そんな中、札幌の市街地を歩いた時、駅前の大丸や地下街を歩いていたが、普段よりかなり照明を落としているため確かに薄暗く感じたものの、個人的には全く問題にならなかった。確かに商品のライトアップや棚の照明が必要なリコメンドはあるにせよ、本当に必要かと思ってしまう。

 また自分はテックジャンキーの端くれのため、こんな時でもヨドバシをふらついていたのだが、当然ながらテレビなどの常時デモを流すような通電商品はほとんど電源オフ。ただこうしたときにふと思ったのだが、各社商品バリエーションってこんなに必要なんだろうか、と。

 テレビに限れば、ハイエンド・ミドル・エントリーがあり、さらにサイズで細分化。需要もあるのだろうけど、なんだかなぁと。ハイ・ローミックスをやると「ちょうどいいのがない」だのとぼやく層がいるのだろうが、そもそもそれに全部こたえようとするからリソースの消耗を招くんじゃないかと思ってみる。この前プリンタを買い替えたとき、日本での2トップたるキヤノンエプソンを比較したけど、本当に見事なまでにラインナップのクラスが一緒。そりゃどっち選んでもいいんだろうけど、明確な路線が分からなくなって食い合いになるんだろうな。とはいえ、既存ユーザの買い替えを考えるとそうもいかないか。

 

 なんてなことを考えた1週間。余震、どうにかならんかねぇ。