密かなさよならの仕方
自分で書いていてかなり重たい時期の出来事を思い出しつつの
「明るい抑うつ闘病記」、ようやく、ようやくベイルアウトの回。
2011年7の月。自分では「終戦」と呼んでます。
2011年7月。
精神的・肉体的に限界に近い状態で迎えた7月。配属になった3月に
新調したスーツは既にウェストが大幅に減り、しかし身体は絞られた
わけではなく単に細くなっただけという不健康さ。
初旬に一時金、いわゆる夏のボーナスが支給される。微々たる額では
あったものの、なにか楽しいことに使おう、と嫁が許可してくれた。
車が好きなので、何か新しい、面白いパーツでも無いかとものすごく
久々にカー用品店に向かう。
全く、何も興味を持てない。
カー用品は別にいいか、ならばプラモやデジタル製品ならどうだろうと
ヨドバシへ行くことを提案される。
10分、店内にいられない。休日とあれば何を買うわけでもなく新製品を
見るのが楽しみだったはずなのに。不安感で店内の音楽すら落ち着かない。
7月上旬の土曜、休日夜。立ち読みに行くと嫁に伝え、一人でツタヤへ。
立ち読みをしていても、手にした雑誌が小刻みに震える。
もうダメだ。
駐車場の車の中から、出向元の自分の会社の総務係長に電話をかける。
友人の様に接してくれ、会社が大変だった時もお世話になった人。
今の身体の状況、精神的な環境、誰か家族以外の会社の人に聞いて
貰いたいだけで、電話をかけた。
返って来た言葉は、「帰っておいで」。
薬で何とかしている段階で、「頑張れ」といえる状況じゃないよ、と。
総務に所属して、精神疾患になってしまった人を何人も見てきたからこそ
そう判断してくれた様子。
分かってくれる人がいる。でもその時は、今の職場を簡単に抜け出せない、
任期が終わるまで帰れない、そもそも今ある仕事を他の人に押し付ける形で
自分だけ休むわけにいかない、という強迫観念でいっぱいになっていた。
会社の業務を、自分一人で背負わなければならない、という普通に考えれば
ありえない思考ロジックに陥っていたのだ。それこそが、抑うつの思考
パターンであり、悪化の一方通行パターンだった。
週が明け、月曜日。朝から吐き気を抑え、いつものように地下歩行空間を
会社に向かってフラフラと歩く。時間は朝8時。元の所属部署は朝礼が始まる
直前の時間だ。
その時ふと、元部署の部長に電話しようと思いついた。
元部署にいた時は反発したりいろいろあったが、どういうわけか自分を
気にかけてくれていたらしい。それ故か、様々なつてで俺の変調を知り、
顔を出す度に「何かあったか?」など声を掛けてくれた。
携帯で、短く電話をする。
「すいません、ダメっぽいです。」
「分かった。こっちもすぐ動く。何も心配するな。今夜一席設けるから、
時間空けてこい。」
その夜、総務係長、元部署の部長、総務課長を交えて会食。
係長・部長は既に俺が限界の状態であることを知っており、出向元会社に
戻す算段をつけていた。ただ一人、総務課長(親会社の出向組)だけが
脳天気に酔っ払い「いやあ、まだ頑張れると思うよ!!」などと口走って
白い目で見られていたが。
会食の場で、今抱えている案件を列挙した。どう考えても処理できる
量を超えていることに、その時気がついた。それでも、会社として
選抜され逆出向という初めてのケースだったことから、何を置いて
申し訳ないという気持ちが溢れてきて、彼らの前でただ泣いた。
翌日。
朝からの吐き気が一段と酷い。服薬している関係で完全に酒を
飲んでいないのに、事務所に30分といられない。おかしいと
感じたのか、部門長が「どうした?」と聞いてくる。
ここで言うしか無い。
部門長に話を切り出し、別室で今の状況をありのまま話す。
仕事についての悩みはかなり遠回し、通院していること、
身体に現れている症状のこと等。さすがに状況を深刻と思ったか、
かかれないのか聞いてきた。心療内科は、状況を説明すると
予約をすっ飛ばして(本来は完全予約制)すぐ来てくださいとの事。
午前中、仕事を抜け出し心療内科へ。カウンセラーさんの問診を
長めに受ける。4月の初診の時より、かなり長かった記憶がある。
すぐに院長先生の診察に入る。自分で状況をある程度客観的に
説明できるレベルだったため、受けた診断が「抑うつ状態」。
即日休職の診断書。まずは1週間の診断書だが、それは後に元会社への
強制送還の意味を持っていた。
何もかもが終わった気がした。仕事が気になる以上に、もうあの
空間で戦わなくてもいいんだ、かつての同僚や取引先の敵にならなくて
いいんだ。
休んでもいいんだ。
事務所に戻り、休職の診断書を産業医と部門長に見せ、30分もせずに
家に強制送還。後のことは何も考えなくていい、とにかく休めと
部門長に初めて言われた。事務所の中は妙な空気ではあった。
大通り近くにあるビルから、地上を歩いて札幌駅へ向かう。
ああ、季節は夏だったんだ。
ああ、木の葉っぱは緑だったんだ。
ああ、夏空がこんなに青くなってたんだ。
札幌駅のホーム、キオスクで缶コーヒーと菓子パンを買った。
甘い。美味しい。
通勤のサラリーマンも通学の学生もいない昼下がりの空いた
列車で一人、車窓を見る。
戦いは終わったんだ。終わったんだ。
その時、初めて気がついた。
この数ヶ月、記憶に「色」が無かったことに。さっきの季節感を
感じた色に、久々に気がついたことに。
止まっていた時間が動き出すというのは、こういうことか。
程なくして家に着き、死んだように眠る。
戦いは終わったんだ。
戦いは、終わったんだ。