Think Like Talking.

変わりゆく変わらないもの

ねがい

 息子の七五三詣りに行ってきた。

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 本当は数え年かもしれんが、今はそこまで厳密じゃなく満年齢でもいいらしい。地元の神社で祈祷してもらう。予約制とのことで、嫁が全て手配してくれた。

 ふもとの社務所で手続き、石段を登り手水所で手を清め。短い参道を通って本殿へ。コロナ対応はここでも大変なようで、手水所でもひしゃくは置かずかけ流し状態。そして手水でお清めをした後、本殿内で消毒液で手を消毒と手水の神様苦笑い。

 本殿内ではやはり神事ということで静寂。息子をはじめほかの子たちもその雰囲気を感じ取ったのか走り回ったり騒いだりという子はおらず。祝詞を読み上げていく中、ビックリしたのは「○○(住所)に在りし△△(苗字)は□□(名前)の~」とその場の人たちのみとはいえ高らかに情報開示(笑)。まあいいんだけど。

 玉串奉納の作法も当日付け焼刃で対応。ほかの家族も戸惑いが見える中、とりあえずはつつがなく終了。

 

 なんて冷静に見てはいたが、やはり感慨深いものがある。うちらの回(日に数回、そのうちの初回)はお宮参り1組、七五三4組だったのだが、その子供たちすべてが親の願いを、無事に育ってほしいという祈りのために訪れている。子供にとっては退屈な、わけのわからない時間と思っている(俺も小さいときそうだったし)はず。でも親にとっては、たとえ慣例的な行事・写真館できれいな服を着せてという思い出作りだったとしても、どこかで子供の成長を願う心があると思いたい。

 

 息子が生まれた年の11月。一人で出雲大社に行った話。

rosso13.hatenablog.jp

 この時は、2004年秋に同じく出雲大社を訪れ、その年に嫁と出会った縁結びの10年以上越しのお礼参りだった。そしてその年は息子が生まれ、新たに息子を含めた家族の無病息災などをお参りに、というお話。

 なんというか、その頃から信心、というのではないんだけど「日本という国」の昔からの文化について考えることがある。お作法ははっきり言って大変だよなと思いながら、本来はそれが何のために行われているのかを考え、その本来の意味に則って行えば日本の神様は寛大だろうな、とか。そして昔の人も、子供の健康や成長、収穫、生活など様々な物事に願いを込めた歴史が、今身の回りにある記号に残っているのではないか、とか。

 全部を追うことは多分難しいんだけど、これは何のためにやっているのか、何の願いを込められているのか、多少なりとも息子をはじめ次の世代に残してやりたいなぁ。なんて思うのだ。