Think Like Talking.

変わりゆく変わらないもの

主人公

 というのはさだまさしの曲名だけど。

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・主人公

 ガノタの方々にとっては常識的なこととして、今年は「逆襲のシャア」公開から30周年。「00」10周年とかも今年だったか去年だったかそれはいいとして、気になる記事を見たってことで一つ。

 

「『逆襲のシャア』って結局どういう終わり方なの?」という。

 いろいろ賛否両論起こっているようで、30年たった今だにそういう話題が持ち上がるというのはある意味記憶に残るということでいいんじゃないかと。

 

 ぶっちゃけて言うと、一年戦争(初代のガンダムね)からグリプス戦役(俗にいうZの時代)を経たアムロとシャアの決着なんだけど、いろいろと言われようがひどい。「作を追うごとにシャアがかっこ悪くなる」だの、「個人のエゴのために戦争を起こして最後はアムロにボッコボコ」だの「結局生死不明であやふやに終わった」だの。ある意味もっともらしいのは「アムロとシャアの話の続編をずっと要求された富野御大がキレて今後の作品に出ないように公式でぶっ潰した」説。やりかねないけど、それは商業的な意味なので「結末」の解釈としてはちょっと横に置いておいて。

 

 見た人は分かるんだろうけど、確かにシャアがアムロと決着をつけるために水面下で軍を作って(ネオジオンですな)、アムロを引っ張り出すために小惑星アクシズを地球に落とす作戦を実行。一騎打ちで勝利したアムロアクシズガンダムで押し返そうとして、敵味方を超えて人がつながっていく...というようなざっくりした流れ。

 解釈は人それぞれでいいと思うが、変に小難しく考えなくてもいいんじゃないかなぁ...。真正面から捉えれば、初代・Zを経て人類に絶望したシャアがアムロと決着をつけようとして、ニュータイプの感応を知って人類の可能性を捨てないアムロがそれを止めようとする。本当に人類≒地球の滅亡を目の前にした一般兵が、連邦もネオジオンも超えて落下するアクシズに取り付き、極限状態で見せた心のつながりであるとか。そりゃあ、サイコフレームというトンデモ設定がどうのという話もあれど、それを言い出したらSFって基本的にトンデモ設定がないと成立しないからね、現代の科学レベルでいうと。

 

 でもそれを媒介にしたとしても、アムロとシャアが宇宙世紀の「史実」から退場したことと「人の意志の力」が具現化して隕石すら軌道を変えさせたというエンターテイメントはそこでいいじゃないかと。なんかテーマがどうのだの解釈がどうのだの七面倒くさいこといってんじゃねえ。

 

 そんなだから、個人的な話で申し訳ないが、一つ自分で気づいたことがある。

νガンダムが好きと言えない」。

 そう、主人公機であるνガンダム、そしてライバル機であるサザビーも、好きなんですよ。でも、素直にこの2機が好きと言えない。何だろう、このブレーキ。歳を取るにつれて量産機の武骨さが好きだの、ちょっとマニアックな機体が好きだの理由をつけて、王道直球主人公機の外連味が好きだと言えなくなっていく感じ。

 

 かっこいいじゃないか、主人公。ガンガンあり得ない動きで一般機を圧倒していくからこそ物語が成立するじゃないか。好きって言いなよ。あごクイするぞこんにゃろう。

 

 というわけで、齢42にしてようやく、30年の刻を超えて言おう。

ガンダム大好き!!! 主人公機が好きで何が悪い!!!」

 

 ...でもさすがにちょっと照れが入るな、文字で見ると。

 それはそれで、やっぱりあれこれフル装備のゴテゴテした状態が好きになれんのはもう個人的な好みってことでいいよね。オチなし!!!

LOVEずっきゅん

 このPVみたいな風景。


LOVEずっきゅん 【PV】 相対性理論

・LOVEずっきゅん

 というのは相対性理論の初期の曲だが。

 腰椎ヘルニアがある程度寛解して、日常生活に支障は出ない程度になったもののやはり違和感というのは残るもの。なるべくストレッチや坐骨神経痛の原因になる仙骨周辺をほぐす体操などでだましだましやっているが、それでも自転車には乗りたい。いろんな条件があるにせよ。乗りたい。

 

 去年bd-1のタイヤをKOJAKからMARATHON RACERに変更してエアボリュームを上げサスペンション効果を狙った。しかし。カジュアルな格好で通勤できる環境ではなくなってしまったため、仕事帰りにN-ONEからbd-1を展開してひとっ走り、という芸当はなかなかできない状況。

 

 今日は秋晴れ、台風が来る前の最後の9月土曜日。

 

 千歳空港近くの国道36号線を車で通るたびに気になっていたポイント、今日は綺麗に見えるんじゃないかということで、空港周辺にほど近いとある場所にN-ONEを停めてそこからbd-1展開。無理なペースで巡行するとか前のような追い込みはできないけど、軽く近所を散策する程度なら問題ないだろう。

 

 で、これ。

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 新千歳空港の滑走路はかなり国道に近く、南風のアプローチの時はまさに頭上を低空で飛行機が過ぎていく。初めて見るとものすごいインパクト。ここを車で通るたびに気になっていたのだ。

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 これは少し離れた場所から。どこかというと、

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 千歳科学技術大学の付近。敷地ではないけど、立て看板の辺り。この真上もバンバン通っていくのです。高度はもう少し高いけど。

 

 風は少しだけ強め、でも無理に逆らわず軽く軽く回す。上り坂も変にもがかず重心の移動と足の重みを使ってクルクルと。40を超えて変に筋力で回すという方向は止め。それはまじめにトレーニングしている人たちに任せた!!!

 

 そんな秋の一日。

ヘドバン発電所

 というのは筋肉少女帯の曲で。

・ヘドバン発電所

 ここ数日の報道や一部ニュースを見ながら違和感を持ったことについて。

 

 震災から2週間以上が過ぎ、自分の周りもほとんど平常の生活に戻りつつある。実際北海道で被害を受けた地域は本州でいうと本当に一部地域で、北海道「全体」が壊滅的なわけではないので。一定のスケールと冷静な視点を持つ人にとっては当たり前のことだけど、日本人の気質なのか「こんな時に北海道に行って大丈夫なのか」→余震警戒or住民感情への配慮、が過ぎるように思う。

 

 観光が産業の大きなパートを占める北海道、お客さんが来てくれなければ困るところがメニーメニー。空港の飲食店は開いてなくても、街中は普通にやってんだ。

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 実際先週、札幌の大通公園で始まったオータムフェスト2018(地震の影響で延期になっていたが)は普通にやってるし、人出も歩くのが大変なくらいの盛況。バカでかい串に焼きたて中落カルビ、おいしゅうございました。

 

 さて、冒頭の発電所の話。

 今回の震災で最も大きく取り上げられて問題視されているのが「ブラックアウト」。実際北海道全域が「すべて」停電するなんてのは完全に想定外だし、そりゃ被害にあった人たちにしちゃたまったもんじゃない。

 ただ、こうした未曾有の大災害に直面したとき、必ず出てくるのが「人災」という言葉を使って誰かを戦犯に仕立て上げること。

 

 毎回思うのだが、黙ってろや。

 普段は何もせず恩恵だけを「貪って」、その裏にあるそれを維持する人たちへの感謝など考えたこともない。第一、発電所の立地についてだって、断層を含めたリスクは計算に入れてるだろうが「ほぼ真横」で直下型の地震が起きるのをどこまで予想できるか。「それを想定するのがリスクヘッジだろう」と叫ぶのだろうが、じゃあその「来るかわからないものに対して万全の備えをするためのコスト」を日常的な「料金」として上乗せすることを承諾するのか、と言ったらどうだろう。

 

 自然を相手にして、何が起こるかわからないものへの備えはインフラ系の業界は常にしていると思う。そのうえで、「起きてしまった天災」に対して、自分の被害を横に置いて仕事に向かい続けなければならない人たちを前に、同じことが言えるのか。それはおそらく、大半の自分たちと同じように「末端の現場作業者」なのだ。

 

 発電所の規模・設置場所・運用についてもトンチキなニュースがあったな。

 大規模発電所をなぜあそこに置いただの、全体をカバーする云々だの、原発動かせだのなんだの。

 火力発電所なんだから燃料を補充するにはタンカーが入れる海岸沿いの大規模な港が必要だろうが。石狩平野、札幌近郊から小樽・室蘭方面までカバーするとしたらあれだけの規模の発電所じゃなければ足りなくないか? 北海道の道央圏以外の人口密度を考えろよ。地方の拠点都市近郊に小規模の発電所をおいてるのは、オーバースペックのものをいくつも設置したらその分コスト=電気料金に跳ね返ってくるからだろ。原発? 今回の地震で泊が文字通り止まってたからメルトダウンだの冷却だのの対応を最小限で抑えられたんじゃないのかい。

 

 地震だ台風だの自然災害は誰にも止められない。

 どうしても「人災」という言葉を使いたいのなら、それは備えをしていなかった自分たちに向けてであり、その災害から次につなげる行動を起こすのが本来だろう。誰かの責任になることを掘り起こして攻撃する暇があったら、備蓄用の水でも準備しとけ。

 

 報道が沈静化してきた今もなお、インフラ系の人たちや現地の人たちは戦ってるんだ。自分にできることは、少しでも平時の生活に戻って経済を回して、みんなに利益が回るようにすることかもしれん。

 

 北海道へおいでませ。今なら各観光地、ものすごくゆっくり見れますぜ。敢えて語弊のある言い方をすれば、外国人観光客が一気に逃げてしまったのである意味古き良き北海道の観光を楽しめるよ、と。

 

 なんて書いている今この瞬間、余震(震度1か2だな)が来ましたが(笑)。

BBQパーティー

 というタイトルの曲があるですよ。キリンジ

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・BBQパーティー

 電気復旧後の思うところを備忘として。とっても長いです。お暇なときに。

 トップは地震から5日後11日の札幌地下街。画像は露出の関係で明るく見えるけど、本当はもう少し暗い。

 土日の休日返上仕事の代休を取って、動き詰めで疲労の蓄積していた体のメンテナンスのため札幌へ。電柱は所々傾いていたり、厚別近郊は信号機が明後日の方向を見ていたり。それでも市街地や人の波は多少の減少はあるものの普段に近い営み。人間の強さというかなんというか。

 

 今回、自分が「被災地」である北海道の道央圏にいて、道外の人から見たら「被災者」のカテゴリに入るようになって思ったことを。

 

・不謹慎だとか誰が決める

 タイトルの「BBQパーティー」というのは、SNSなどでも話題になった「被災直後にバーベキュー(北海道なのでジンギスカン)パーティーやってる」という事実。これを「不謹慎」と取るか、「冷蔵できない食材を先に消費するための合理的判断」とするか、もちろん後者なのだが、地方の文化やサバイバル術としての方策を「不謹慎」と糾弾する層が一定数いても確かに不思議はない。でもさ、普通に考えたら想像できそうなもんだ、と思うのだが。

 

・AC、やっぱり多く感じるな

 東日本大震災の頃ほどじゃないにしても、放送各社やスポンサーの自粛なのか、ACのCMが一気に増える。これはこれで震源に近く今も(15日現在)大変な思いをしている厚真町や安平町などの方々にとっての配慮としては間違っていないのかもしれない。

 ただ、地震に対するPTSDも徐々に判明しつつある現状で、もう少し比率を変えてもいいんじゃないかと思う。日常と同じ状況をある程度演出することで、心理的反射を抑えるというか。ACのCMに罪は全くないのだが、どうしても今の比率で流れているのを見ると「大災害」というのを押し付けられている気分になってくる。

 確かに被災で激甚災害認定もされているし、北海道が経験したことのないクラスの災害なのだ。でも、多くの人たちはすでに「普段の日常」を8割がた取り戻して復旧に取り組んでいたり、残りの2割の人たちも懸命に生きている。だから却って「そこまで配慮しすぎなくてもいいですよ」という感じになるのだ。

 サウンドロゴすらなしのCMは、おそらく東日本大震災の時の教訓なのだろうが、今は竹原ピストルさんの曲がヘビロテで流れていてなんとも(笑)。CM自体はこういう状況でなければとてもいいと思うのだが。

 

・情報発信の是非・信憑性

 これは本当に、その真っただ中に置かれることで本当に考えさせられた。情報が遮断された状況の中だったため、こちらから発信できるのはせいぜい一瞬つながるネットでの安否発信程度しかなかったのだが、電力が復旧した後も下手なことは発信できないと痛感。

「○○からの情報で、強い余震がいついつに来る」だの、「断水が始まる」だのという今となってはガセネタが、普段ならソースを確認してから発信すべきものがフィルタを通さずに一気に拡散されてしまう。しかも大半の人たちがテレビすら見られないから、公式情報ではない話をもとに走ってしまう。これには参った。

 仕事柄信憑性の高い情報をもとに行動する部署にいるはいるのだが、それでも情報が遮断されるというのはこういうことなのだ。

 好意による情報も、非常時には「敢えて発信しない」「簡単に信用しない」方がいい場合もあると自分は思ったよ。もちろん、避難所情報やFB・Twitterでの救援情報なども目にしてそれはそれでいいと思ったけど、ある程度の単位(個人ではなく、町内会などの少数単位)で発信すべきじゃないのかなと。こうした非常時に個人で「うちで電気が通ってるので充電どうぞ」とか提示できるのは素晴らしいのかもしれないけど、火事場泥棒じゃないが二次被害のような事件が起きてしまうのも残念ながら否定できない世の中。人間の両面が存在すること、好意のみですべての人が動くわけではないことを持っておかなければならないのかな、なんて思った次第。

 

・身近な人とのつながりを大事にしなきゃ

 常々、自分は友達を作ることや人づきあいが苦手だ。人当たりは悪くないと思うが、どうやってプライベートや仕事上以外の付き合いをしていいかわからない。

 そんな人間ではあるが、今住んでいるのは古くから(子供時代から)住んでいる場所。建て替えをして二世帯にしたが、周りの人たちは40年来お世話になっていたり、顔を見知っている人たち。今回、これがいかに大事なことかを痛感。

 地震直後、夜が明けつつあるころに外で声がすると思ったら近所のおっちゃんたちが昔の長屋よろしく路地で雑談。お隣さんとガスコンロのボンベを融通したり、ろうそくを分けてあげたり、普段から交流があるからこその助け合いはこういうものなのだと。

 SNSとかでの友人数を誇ったりは端から興味がないので別にいいのだが、遠くの友人との安否確認には確かに便利ではあるが自分や家族のリアルな生存を考えたときに半径100mの付き合いがいかに重要か、こういう時にわかる。

 よく、ネットで広い世界が居ながらにしてわかる、なんていうけども近所にある防災関連の設備や新しくできた店すら気づかないのは滑稽なもんだ。自分への戒めとして、ここに残しておく。

 

・防災物品、やっぱり大事

 食料などは買いだめしておくわけにはなかなかいかないものの、サバイバルのためのツールは本当にあってよかった。といっても前のエントリで書いたLEDランタンやモバイルバッテリー、ガスコンロは基本として、何かを加工するためのマルチツールや最悪ガス欠になったときの自転車など、「なんとでもできる」という開き直りの裏付けになるものを持っているのは心理的に大きかった。

 今回の物流打撃が落ち着いたころ、防災物品をある程度揃えておこうと思ったよ。今はまだみんなが一斉に踊っている時だから、ある程度俯瞰で。

 

・電気、商品、そんなにいるか?

 さてトップの画像に付随して、節電の話。

 現在も節電が呼びかけられ可能な限りの協力をしているが、家庭でできることって結構あっという間に終わってしまうんじゃないだろうか。煌々と明かりをつけるだの無駄に電気を使うようなことってあまり思い浮かばないのだが。うちだけ?

 そんな中、札幌の市街地を歩いた時、駅前の大丸や地下街を歩いていたが、普段よりかなり照明を落としているため確かに薄暗く感じたものの、個人的には全く問題にならなかった。確かに商品のライトアップや棚の照明が必要なリコメンドはあるにせよ、本当に必要かと思ってしまう。

 また自分はテックジャンキーの端くれのため、こんな時でもヨドバシをふらついていたのだが、当然ながらテレビなどの常時デモを流すような通電商品はほとんど電源オフ。ただこうしたときにふと思ったのだが、各社商品バリエーションってこんなに必要なんだろうか、と。

 テレビに限れば、ハイエンド・ミドル・エントリーがあり、さらにサイズで細分化。需要もあるのだろうけど、なんだかなぁと。ハイ・ローミックスをやると「ちょうどいいのがない」だのとぼやく層がいるのだろうが、そもそもそれに全部こたえようとするからリソースの消耗を招くんじゃないかと思ってみる。この前プリンタを買い替えたとき、日本での2トップたるキヤノンエプソンを比較したけど、本当に見事なまでにラインナップのクラスが一緒。そりゃどっち選んでもいいんだろうけど、明確な路線が分からなくなって食い合いになるんだろうな。とはいえ、既存ユーザの買い替えを考えるとそうもいかないか。

 

 なんてなことを考えた1週間。余震、どうにかならんかねぇ。

今日も誰かの誕生日

 というわけで誰かの、じゃなくて俺の誕生日。42になりましたのことよ。後厄っていつまでなんだろう? 年末まで? 数え年なのは分かったけど、きっかり誕生日まで? 後厄の最後まで地震が来るなど油断できない一年でしたわ。

 

・今日も誰かの誕生日

 というのはキリンジの曲。


キリンジ - 今日も誰かの誕生日

 今年は先週の台風→地震で正直それどころでない状況の中で迎えた誕生日。家族も何とか無事で誕生日おめでとう→ありがとうのやり取りができるのが本当にありがたい。妹からも電話が来て、いつも通りの誕生日と相成りました。

 

 プレゼントなど40を超えたいい大人に対していらんよ、と言っていたのだがささやかな品物をもらえたり。

 

 何より、息子が夕飯を「自分一人で」初めて完食したのが地味に大きなプレゼント。

 

 とても幸せな、いやありがたい一日でした。

Power of the Light

 北海道胆振東部震災の話、その2。

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・Power of the Light

 明けて7日。職場は何とか営業再開を目指すべく朝からスタート。朝日が上がるのは素晴らしい。髪の毛を冷水で洗い、ひげも冷水で剃る。テレビは当然つかないため、家族にワンセグの映るZ4を預けて所々で見るように伝え出社。

 

 信号は所々の区画で稼働していたりいなかったり。交差点は慎重に通過。コンビニは一部開いているようで、自宅の隣の区画にある店は明かりがついていた。しかし外から見る限りでは食品系の棚はすっからかん。朝から営業していると思われるガソリンスタンドには長蛇の列。たまの「明日からガソリン価格が跳ね上がる」というときの行列とはわけが違うため、まぁ仕方ないかとその横を通過する。

 

 仕事自体はいつも通りに近い状況で。昨日の教訓で、充電すべき最低限の機器のアダプタを持参。悪いがこれくらいは自衛のために使わせてくれ。といっても、自分の携帯とバックアップ用のモバイルバッテリーだけだが。

 関係各所は泊まり込んだと思われる人や、早朝からスタートしている人たちなど様々。自分も例にもれず、昼飯は持ってきていない。といっても非常用にとっておいたカロリーメイトが命綱。職場は電気が復旧していたため、自動販売機は作動している。断水もない。さあ、ほかの人たちのために踏ん張る時だ。

 

 結局家に帰ったのは20時近く。ソフトバンクの回線は基地局の非常用バッテリーが尽きたのか6日の夕方から7日の16時ころまで使用できず。ほんの一瞬パケットが届くのか、緊急ニュースだけが届きメールもままならない。急に16時ころに電波が通じだしたので、そのあたりで電力復旧のエリアが拡大したと思われる。これでは余震ででかいのが来ても緊急速報も入らんし、家族との電話もできん。むーん。

 

 帰宅して何とか飯をかっ込み、前日と同じようになにもすることがないので早めに寝るか、と息子を寝かしつけ。あっという間に寝入った息子を挟んで、嫁と暗闇の中でのピロートーク。さっきの通りの通信状況だったためニュースが入らず、その間の話を。色っぽい話ではないのだ。

 なあんてしている間に、21時ちょうど。いきなり部屋の明かりがついた。復電。携帯の回線がつながっていたので、FBなどで安否報告をしながらの会話だったのだが、嫁とグータッチ。1階の両親も「電気ついたよ!!!」と。まだ近所は街灯がついた程度で復電に気づいていない様子。停電の時についていたテレビと照明を一旦消し、居間に集まる。冷蔵庫が何とか食品が腐らないギリギリのところで動いてくれたのはでかい。冷凍庫は冷気を逃がさなければ2日くらいは氷が融けないことが分かった。

 

 都市ガスは問題なかったので、今後のことを考えて風呂と洗濯、またバッテリー系のものを少しでも充電しておく。計画停電になっても対応できるように。

 この段階で、ようやく家族もまともなニュースでこの地震の影響を知る。自分たちの状況的に、この程度で済んでよかったのだと改めて認識。

 

 翌日からさらに激務。詳しいことは言えないが、復旧のための手助けの末席ではあるが、自分たちがここで戦うことで自分に連なる誰かが少しでも日常を取り戻せるはず、と考えながら。自分に意外にもこうした思考ができるのだな、と思ってみたり。

 

 電力が戻ってくれたおかげで、家の方の心配は大幅に減少。とはいえ食料品の調達はまだ困難。冷凍品が残ってくれたおかげであと数日は持つ。缶詰の偉大さを再認識。

 そしてね、やっぱり現代人電気とガソリンに依存してるんだなぁというのも再認識。情報が1日遮断されただけで、こんなに不便に感じるとは。バート・レイノルズが亡くなっていたなんて!!!

 

 というわけで、震災からまずは4日目が過ぎようとしている今、ちゃんと生きてます。トップ画像はまぁ、家族こんな感じで寄り合いってイメージで。

星空のディスタンス

 北海道の震災で今も大変な方々へ。一緒に頑張りましょう。

星空のディスタンス

 一緒に、というわけで自分も道民、今回の震度6エリアのとある場所に住んでいるわけで。今回の震災で「実際に自分がその場所にいたこと」という貴重な体験をした。自分のためにも、もしかしたらこれを読む誰かの心に少しでも残ってくれるためにも、記憶が薄れないうちに書き残す。

 

 9月6日、未明。

 唐突に揺れを感じる。今までも震度4程度は寝ている間に揺れたことがあるため瞬時に臨戦態勢。しかし今回はそこからいきなり横揺れが強くなる。隣で寝ていた嫁も「何?いやだ、いやだ!!! 何⁉」と若干パニックを起こしかけている。「大丈夫だ!!!」と落ち着かせ、間に寝ていた息子をかばうように体をかぶせた嫁の更に上に覆いかぶさる。

 30秒ほどだろうか、揺れが止まる。1階で寝ていた親が起きる。揺れの間、様々なものが落ちる音。インテリア好きな親が置いたガラス製の壷やグラスの一部が床で割れ、俺の飾っていたガンプラもかなりの数が床に落ちていた。

 時間は深夜3時を回ったところ。照明はまだつけられたので被害状況を見に1階へ。まずは誰もけがはない。仏壇が傾き、倒れる寸前で止まっていた。下手をしたら親父の頭の上に倒れていたかもしれずぞっとする。まずは細かなものは親に任せ、立て直すのに力が必要な仏壇を起こす。NHKのニュースで、速報で震度6クラスの地震だったことがわかる。安平で震度6強。ゾッとする。

 居間にみんなで集まり、ニュースを見ている間に突然電気がすべて消えた。携帯の画面で何とか明かりを取り、非常用に取っていたLEDランタンを持ち出し明かり代わりにする。単3乾電池で動くこと、LEDのため非常に明るく電池持ちもいい。カー用品店の特典プレゼントでもらったものだが、まさかこんなところで役に立つとは。

 

 夜が明けるまでまだ時間があるため、子供を落ち着かせ寝かしつける。おそらく数回余震はあったのだろうが、しょっぱなのでかいのを経験したため若干落ち着きを取り戻す。時間は4時を回っていた。まだ携帯はつながる。

 

 うとうとしながら、日の出の5時を回ったあたりで外から話し声。古い住宅街なので近所の人たちが起きて被害状況を見ているらしい。今日も仕事のためとりあえずもう一度目をつぶる。

 結局あまり寝た気がせずに6時を過ぎ、出撃準備。Xperiaワンセグ機能でニュースを見ながら、北海道全域がブラックアウトしていること、被害の概要が徐々にわかり始める。仕事が仕事だけに行っても特にできることはないだろうと思いつつ、JRも全域で止まっているため嫁も仕事は休み、停電の長期化や断水を警戒し風呂場に水を張るよう伝えて出社。

 

 何があるかわからず、最悪余震で被害が拡大することも考えいつものビジネスバッグではなくManhattan Portageバックパックに傘やティッシュペーパー、コンビニで買ってあったナッツ類、マルチツール、最低限の薬などを詰める。服装はいつものスーツと革靴は車に積んでおき、デニムに若干厚手の半そで・スニーカーのいでたち。

 

 途中の信号機はすべて消え、早朝のため車の通りは少ないものの慎重に職場に向かう。インフラ系の友人から安否確認と職場の状況質問電話を受けるが、向かっている旨を伝え急ぐ。やはり事務所も非常電源で何とか誘導灯はついているが、業務使用のシステムはネットワーク機器が使えず壊滅状態。昼前にさっきの友人が応急処置で非常電源で生きているコンセントからネットワーク機器へ電気を供給するラインを構築してもらい、かろうじて最低限の端末を稼働。メールで各所からの情報を仕入れ、無事であることを逆に発信する。

 

 自家発電の非常電源は燃料式のため、いつまで持つかわからない。ほかの社員は今後のことを考え携帯の充電アダプターを一斉につなげて充電し始めた。くそう、俺は持ってきてないぞ。6日昼の段階で残り70%。所々でワンセグで情報を入れる。

 

 結局業務にならないということで、事務所に最低限の人員を置き他は自宅待機ということで一度撤収。家に帰り、ニュースの状況を家族に伝えて、まずは備蓄の食糧がどれだけあるか、水道は何とかなりそうという話をしながら穏やかに過ごす。帰り道でガソリンスタンドの大行列やコンビニに殺到する人たちを見ながら、本当は自分もそこに並んで家族のために何かをすべきか、と思うもまずは現状を把握するためこらえる。

 

 実際、車のガソリンは残り3目盛り。N-ONEなら概ね100km以上は走れる計算。最悪携帯のバッテリーはこれでなんとかするとして、移動手段はbd-1もあるし何とかできる。

 問題は息子の食べ物だが、これはガスコンロと圧力鍋でお米を炊く方法を親が調べたため、白米のおにぎり好物の息子は何とかOK。都市ガスは問題ないが、それを制御するための電気がないと使えない。オール電化だったらもっとひどいのだろう。

 

 トイレは水が使えるため流せるだけラッキーだった。ただしこれも電源式のためどうするかと思っていたのだが、手動で流す方法を見つけてこれもクリア。風呂に張った水でトイレの水を満たすことで清潔は確保。

 

 9月の日の入りは18時頃。夕食は前日作っていたカレーをカセットコンロで温め、先ほどの圧力鍋で炊いたご飯で意外なほど豪華な食事。ただし食べて18時半、息子も普段と違う状況で疲れたのか19時には家族全員就寝。この間に、昨年機種変したためSIMを抜いていた前の携帯(Z4)を起動、ほぼ満充電で眠っていたため、ワンセグ専用として情報収集に使う。携帯ラジオがあればなおよかったのだが、どうも見つからない。

 

 俺も疲れていたのか、結局20時前には意識が飛ぶ。

 

 あってよかったもの。

・メイン携帯(ワンセグが見られるものは助かるわ)

・サブ携帯(古いものでも、満充電で電源を落としておけば結構残っているかも)

・ランタン(立派なものでなくてもLED・乾電池式ならお手軽。熱も発しないし)

・乾電池(トイザらスで子供用に単3乾電池をまとめ買いしててラッキー)

・カセットコンロ・カセットガス(IH使ってても残しておけ!!!)

・モバイルバッテリー(当然)

・水筒、ペットボトル(使いまわしは1回。それ以上は雑菌で死ぬ思いをする)

 

 持っておけばよかったもの。

・携帯ラジオ(どこ行ったんだろうなぁ...)

・非常用の固形食(カロリーメイトは必須かな。味の変化でナッツ類はいいね)

 

 眠る前、家の外の様子を見る。

 全域が、街灯まで含めてすべての電気が止まっているため本当に真っ暗。住宅街のため車の往来もなく、ヘッドライトの光すらない本当の暗闇。きれいな星空、とまではいかないまでも、自分の生まれ育った街で初めて見る夜空。そんな震災1日目。