Think Like Talking.

変わりゆく変わらないもの

夏の日の1993

 PCエンジンminiの発売情報が具体的になってきたので、ツラツラととりとめのない話を。

 ファミコンの次、スーファミ→プレステというメジャーな据え置きゲーム機の変遷において、どうも自分は逆張り、というかマイナー機に進んでしまった様子。すなわちPCエンジンセガサターンというマニアック路線に。

 しかしてそれはそれで面白いのだよ。世間一般がメジャーな方向に進むのに対して、隠れて評価されにくいマシン・ゲームの面白さを知っているというささやかな優越感。今でこそそうしたニッチな分野の情報も探せば出てくるが、当時はネットなんてものは当然ながら存在しない。月刊や隔週刊(途中から週刊になったファミ通なんてのもあるが)のゲーム雑誌が頼りの情報入手経路、あとはクラスでも少し浮いた存在のこれまたマニアックな友人とそこでしかわからないネタでつながるという。

 

 話は変わり、シンギュラリティポイント=特異点という言葉が最近あるらしいが、自分にとってのシンギュラリティポイントはおそらく1993年だったといえる。

 

 前年に高校に入学して、合格祝いで当時のPCエンジンスーパーCDロムロム(長いのでSCD)を買ってもらったものだから、そりゃもうはまったさ。PCエンジン(自分はグレーのコアグラフィックスだが)単体は中学時代に買ってもらったから、SCD時代を合わせると結果的に6年は現役だった計算だ。大学に入ってセガサターンに移行するまで現役。

 その間、おそらく人生で一番多くのゲームをプレイした時代なんじゃないかと思う。勉強そっちのけで遊ぶ時間があったしな。休みの日は6時間くらいプレイするのはざら、今のゲーマーにしてみたら大したことはないだろうが、今考えると当時家から出ないでゲーム三昧は相当に奇異な存在だったんじゃないかと。

 そんなPCエンジンと1993年。SCDのタイトルとして一番面白い時代だったんじゃないだろうか。任天堂系のいわゆる「健全な」タイトル中心のラインナップではなく、ギリギリを攻めたちょいエロありのマニアックなタイトルが並ぶ。全年齢向けのものももちろんあるけど、かなりの確率でCDロムの容量を活かしたアニメシーンを売りにしていたと思う。PCからの移植作も多く、シュヴァルツシルトやAIII(A列車で行こうIII)など、読み込みに時間はかかるがそれを許容するだけの面白さがあった。

 

 なわけで、高校時代は部活もそうだし勉強もそうだしゲームにもドはまりした、いわゆる「マニアの充実した学園生活」の時間だったんだと思う。

 

 そしてシンギュラリティポイントとして、1993年の夏。いや春か。初めての彼女ができた。

 人並みに「彼女のいる生活」という彩りと一緒に、当時はまっていたゲームもまたあれから25年以上たった今でも自分の中に刻印されているように思う。

 

 部活と模試と高校生活。今でいうアオハルってやつか。自分の交際から、所属していた部活の周囲がどんどん恋愛モードに入っていき、リアルときメモ的な状況に。今よりも時間の流れが遅かったころ。戻りたいかと言われたら、ああしておけばよかったと思うものの、多分NOと答えるけどね。

 

 ただ、手の届く範囲での情報をもとに一喜一憂していた1993年。アラン・プロストが最後の戴冠、F-1に一番はまっていた時代。3段変速のママチャリで全力疾走していた時代の記憶。あの夏がなかったら、多分自分はもっとこじらせていただろうな。だから自分にとってのシンギュラリティポイントは1993年。

 

 ちょっと話は戻ってPCエンジンminiの話。言いたいことは多々あれど、壮大な肩透かしを食らった気分でもあるし、第2弾を期待したい気分でもある。もっとあるだろう入れるべきタイトルが!!! という。海外版で重複するタイトル入れて濁してんじゃねえよ!!!

 スナッチャーときメモが入ったのは殊勲。だが天外魔境が1も2も入っていないのはどういうこっちゃ!!! ファルコムイース1・2が入るのにドラゴンスレイヤー風の伝説ザナドゥブランディッシュも入らんって!!! シュヴァルツシルトは? マクロスは? スプリガンマーク2は? その辺りが入ったら2万でも買う。

 

 と、それくらい思い入れが深いのよ。PCエンジン。まぁ今回のは「コア」だけだから、いずれDuoだのシャトルだのDuo2だのハード換えて出す余地はあるだろうしな。頼むぞメーカー!!!

 

 とんでもない着地でしたっと。