Think Like Talking.

趣味や子育て、ゆるい生活をつづる備忘録

Mr.Moonlight

「機動戦士ムーンガンダム」の話。 

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 さて、「ムーン」。現在ガンダムエース誌で連載中の「機動戦士ムーンガンダム」。コミックがようやく1・2巻同時発売になったということで、試しに買ってみた。福井晴敏の脚本ということで、UCとの整合性も取りながらの話になるんだろうなぁと思いながら読んでいる。時代年表的にはUC0092ということで「逆シャア」の前年。ということをすっかり忘れて読み始めて、ミネバ様と主人公がいきなり精神感応っぽくなり「あれ、バナージは!?」と頓狂な声を上げてみたり。

 ZZで出てきたコロニー、ムーン・ムーンが舞台となっているため、「ああ、ZZは一応正史に組み込まれたってことでいいね」と。UCでも袖付きでZZのネオ・ジオン系MSが出てきたからまぁ当然といえば当然だが。もうここまで来たら、アムロとシャアだけじゃなくてZ・ZZのキャラクターももっと出してきてもいいんじゃないのと。一部作品でヤザンとかビーチャとかエルとか出てたけどな。

 

 まだ先月号でようやく主役機が起動した程度なのでこれからどのような展開になっていくかはまだまだ未知数。ほぼ公式の年表が埋められていく中で、おそらくはUC同様に確定した(動かせない)流れとして残っていくのは間違いないのだろう。サンライズの「宇宙世紀の終わりまで描く」という宣言から、「NT」の制作、この先も続いていくであろう期間・単年単位の年表「補完」。「閃光のハサウェイ」とか「ガイア・ギア」とかどうなるんだとも思いつつ、そう考えるとある意味日本が誇る一大大河ドラマ(ただしフィクション)になって、富野御大が死んでも続いていくんだろうな。

 

 ...それはそれでどうなんだろう?

 

 とはいえいちガノタとしては、素直に新しい物語がどのように展開していくかを楽しませてもらいましょう。うん。

 

 

 ちなみに個人的には歴史に埋もれてしまった「ムーンクライシス」も好きなのだが...。

 

 

フローネル

テレビ番組で男の趣味と家族の温度差について考えた話。

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打首獄門同好会「フローネル」

 

 最近の番組で思うところのあった件について。

 一部ネットニュースとかで議論になっていたのが、「家の不用品を売る」という企画の中で、父親が集めていたプラモデル1000点ほどを売却して家族旅行の資金に充てるというやつで。

 まぁ、趣味のアイテムなんてのはその趣味を持っていない人間にとってはガラクタにすぎないわけで、よほど迷惑をかけない限りは好きにさせておけと思う方なのだが。件の番組については多分見方が両極端になると思うの。すなわち、

「家族の声とは言え、お父さんの趣味すら還元させられるなんて」という面と、

「作りもしないプラモをため込んで無駄なスペースを取るなんて」という面。

 双方言わんとする主張もわかるし、生きていく上での精神衛生上の要件もわからんでもない。それはそれでいいんだけど、なんか違う。そう思わせるのは、やっぱり価値観の違いが引き起こす「大事な物」の基準点であったりするのだろう。

 

 今回のお父さんが「大人になってから始めた趣味」の領域であれば、まぁ道楽だのなんだのとで家族側への理解の方が比重が高くなったかもしれない。今回の例で行くと、お父さんが「子供の頃から集めてきたもの」という、ノスタルジーや見る人が見たらとんでもない価値がある、売り払った金額では換算できない価値がそこに隠れているのが「お父さんサイドの心情で見ると痛いほどわかる」から、議論が起こるのではないだろうか。

 

 自分も数年前、家を建て替えるときに親が後生大事に取っていた「俺が子供の頃に遊んだプラモデル」を、自分の手で処分したことがある。当時の技術だから、ゴム部品も劣化しパーツも乾燥してもろくなっていたり、また新居で場所を取るのも申し訳ないと思って処分したが、涙が止まらなかったもんなあ。

 

 今回のお父さんも、「売る方向で」と決断したときの顔はやっぱりさみしげだったし、実際に引き取ってもらうときの心情を察するにあまりある。まぁ男のほうが未練がましいと言ってしまえばそれまでなんだろうけど。

 

 なんで今回のタイトルが「フローネル」か。歌の最後の方に「気の持ちよう価値観次第で そこに幸せがあるんだったら」とか「それぞれの趣味に走ればいいじゃん!」という歌詞がある。まさにそうだよなあと。

 

 で、冒頭の画像はHGクアンタにもう7年前の雑誌の付録についてきた強化パーツプラモ(フルセイバー)を完成させて取り付けたもので。買ってきてすぐに作らなくても、寝かせて熟成させて楽しむ方法もあるんだよぅ!!! や、ただしまった場所を思い出せなくて、部屋の整理をしていたらたまたま発掘しただけなんですが(笑)。

 念の為、うちの嫁は「作ってないのたくさんあるんだから!!」とはいうものの、比較的趣味には寛容なできた嫁ですハイ。いーだろ。

Feeling Good

 感じる、という意味に関連する語句でタイトルをつけようと思ったらこれになった。

・Feeling Good


Michael Buble - Feeling Good - Lyrics

 

 ホンダセンシング装備車に乗った話。

 先週嫁の車の車検で代車が来たのだが、現行型のフリード。ホンダセンシング標準装備。ただし代車用の基本グレードだったらしく、逆にそのほかの装備がほとんどベーシックでライトも久々のハロゲンという。それはいい。

 道央圏は警報が出るくらいの土砂降りだったのだが、昼過ぎから嘘のように晴れたので軽くドライブに。

 

 仕事では普通車も乗るので運転自体に問題はないのだが、やはり家族をのせて云々というのは久々。最近はフィットクラスでも大きく感じてしまうので、フリードだとそりゃもう。あ、念のため仕事ではハイエースとかも乗ってるので問題はないんですが。

 左右の座席のクリアランスも広々しているし、メーター周りが液晶ディスプレイでマルチ表示なんですな。そりゃいろんな情報切り替えて表示するのにアナログ計器で表現する方がコストかかるか。とりあえず各挙動は走りながら覚えりゃいいだろう、ということでひと先ず道央道へ。

 N-ONEにもクルーズコントロールはついているのでメインを起動し、速度を設定。ACC(Adaptive Cruise Control?)だのLKAS(Lane Keep Assist System?)だのの表示が出て来るのだが、ようはあれだ、前の車について行って車線逸脱しないようにってことだな。よし、レーダーロック。

 

 おお、設定速度でついて行ってる。前走車と距離が近づいたら自動で速度落として車間維持してる。とはいえナイトライダーのように完全に自律運転しているわけではなくあくまで「ドライバーのサポート」というレベルなんだろうけど。それでもこれは初めて乗ったら驚きだよな。

 高速に乗りながら嫁に操作感を話し、ハンドルのフィードバック(車線を逸脱しそうな挙動を感じたら、電動パワステが若干振動、というか修正機動が入るのだ)について「左手は添えるだけ」と例えたらなぜか泣くほどツボに入ったらしい

 

 しかしてさすがに、ちょっとした動きとかドライバーの見切りで車線ぎりぎりを抜けなきゃならない(すれ違いとか)時に車の側で若干不自然な修正が入るのもちょっと考えものかな。全体的にすごいと思いましたというお話。

TIME(PASSED SO SLOWLY)

衝動買いでFossilのスマートウォッチを買った話。

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 タイトルは非常に昔のTM NETWORKの曲。30年以上前かよ!!!


MC ~ TIME ~ GIRL - Kiss Japan TM NETWORK Tour '87~'88

 

 というわけで、TIME。

 牛乳をまとめ買い(自分も息子も毎日飲むのであっという間になくなるのだ)するためにコストコを散策していたら、家電のコーナーでこんなものを発見したではないか。

 

  スマートウォッチというと何やら「LINEやメールの通知などを受け取れて便利!!」だの「アプリを追加して便利!!!」みたいな記事を見ていたり、Apple WatchBluetoothヘッドセットを組み合わせてすぐに着信が取れる!! なんてのを取引先の人がやっているのを見ていたのだが、正直そこまでネットホリックになるのも嫌だなぁ...と思っていたのだよ。携帯ですらいつのまにか無いとパンツをはき忘れたかのような居心地の悪さになるのに、そのうえ手枷かよ!!! と。

 

 しかし。

 活動量計として考えたらどうだろう。一気に心のハードルが下がるではないか。活動量計そのものをつけるほど毎日がフィットネス!!! 結果にコミット!!! みたいな生活をしているわけでもないし、実際に自分がどのような生活をしているかを再確認して、意識的に負荷をかけるというのは後厄も終わりかけの自分にとってはこれから必要なのではないか。何より、テックジャンキーの側面を最近忘れかけているのではないか、新しいものに触れて刺激にするということに臆病になっているのではないか。

 

 そんな思いから、迷うこと1週間。3秒迷ったら飛べ、という言葉もあるし、嫁に稟議を上げ無事に購入許可を得て再度コストコへ。ていうか、元値が4万近くなのでそこらの量販店でもいまだ2万円台中盤。安くても2万は切らんのだが、コストコのセール品になっていたために2万円を大幅に切る1万7千円台。普通のファッション系の時計と考えたら(しかもFossil)全然あり。

 

 斯くして購入・セットアップ。スマホにWear OS by Googleというアプリを入れペアリングを実施。時計の側は初期でAndroid Wear2.0が入っているのだが、現在はWear OS by GoogleというOSに変更されたため、Googleのアカウント情報登録とスマホとのBluetoothペアリングを終えたらすぐにネットワーク接続からOSアップデートに入った。これを含めても20分~30分くらい、充電しながらあっという間に使用状態に。

 

 時計の機能としては、まったくもって普通。そりゃそうだ。

 全面が円形のタッチディスプレイ、反応も良好。ダイヤル部分の大きさが気になるというレビューも見るけど、ビッグダイヤルモデルのG-SHOCKに比べたらコンパクト。今回ゴールド系のダイヤルカラーを選んだけど、下品な色ではなくビジネススーツにもあまり違和感なく合わせられる。ウォッチフェイスもデフォルトで結構な数があるため、困ることはそんなにないかと。

 

 そしてメインの用途に考えていた活動量計としての機能。万歩計はもちろん、Google fitで各種エクササイズの動きを検知してくれるのか、腕立て伏せなどのカウントもしてくれる。記録も残してくれるので、意外に続けやすいかも。

 

 電池の持ちとしては、常に画面を点灯させる設定にしていないからか、この前残業で22時近くに帰宅=15時間程度で残り55%ほど。活動や点灯頻度によるだろうけど、1日程度なら普通に持つ。充電完了までが3時間というカタログスペックだったけど、ゼロからの数値だと考えたら普通に1時間程度で結構充電できる様子。

 

 メッセージの返信もできると知ってはいたが、昨日初めて使ったときに「あ、Googel日本語入力入れてねぇや」と気づくまでIMEの存在を忘れていたのはご愛嬌。自分の用途ではそこまで使わないから、簡単な返信程度だったらこれでいいか。

 

 天気予報や簡単なニュースのヘッドラインも通知で見られるので、スマホ自体を取り出し画面を点灯させるプロセスが減った分、スマホ側のバッテリーも副次的に節約できた。これは狙っていた部分だけどね。

 

 まぁ、時計というのは自然に身に着けるものだと思うので、最初の目新しさに惹かれはするけども、日常の中で必要な機能を必要な時に使えればそれでいい。一回こっきりではなく、何気なく使いこなせるという意味での「スマート」ウォッチにしていきたいもんで。

 

 問題は、タッチパネル世代の息子(3歳)が隙あらば触ろうとしてくることで。まぁこれも親子の触れ合いタッチスクリーン、と。おあとがよろしいようで。

Chaser

 昔、ある歌手は「遠くへ行きたい」と歌って喝采を浴びたが、「遠くへ逃げたい」と歌う僕をシスター・ストロベリーは恥じているようだった。これは筋肉少女帯の「キノコパワー」だったか。

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・Chaser

 むかーし昔のツール・ド・フランス中継テーマだった気がするT-SQUAREの曲で。

 いい加減日々の仕事にすり減り、気が付いたら秋葉原も半年以上行ってない。自転車持って東京を駆けることに関しては、なんと4年もやってないではないか。これは運動不足に拍車がかかるなんて申しまして。

 

 というわけで、嫁の理解と許可を得て、朝も初便近くの羽田線に飛び乗り東京へ。行先は行き当たりばったり、どうせお台場と秋葉原。気楽に放浪してくるさ。足を延ばせればスカイツリータウンのトミカショップで今日発売のトミカを息子にお土産買っていこうか。

 

 エアポートリムジンでいつもここから、フジテレビ前で降車しまずはお台場。ついたのはいろいろと時間がかかってしまいなんと12時。午前中が丸々つぶれてしまう。実物大ユニコーンユニコーンモードのまま。

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 前回来たときは発光はしていなかったもののデストロイモードだった記憶があるがまぁそれはいいか。わき目もふらずにガンダムベース東京へ。先月終了した「ビルドダイバーズ」のキャラクター看板やらあれこれのカスタムプラモ作例が並んでいたり、9月から開催されている「逆襲のシャア」特集で結構な大きさのサザビーが展示されていたり。

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 ほとんどここに来たら新着のチェックになりつつあるな。前はUDXで11月にやってたEXPO的な展示が常設されているので少し気楽ではあるのだが。デルタガンダム2号機買っときゃよかった...HGUC Z3号機も同じ運命をたどりそうだが、こちらも生産終了になる前に何とかしたいところ。

 

 さて時間は12時半、初見というわけではないのでサラッと見終わってbd-1を駆って移動開始。天気予報は何やら15時過ぎから雷雨という不吉な表示になっているので急がねば。

 ダイバーシティ前からプロムナードを移動、武蔵野大~パナソニックセンター東京横を抜け、湾岸線を陸橋で通過し有明コロシアム、テニスの森、豊洲ふ頭。あとは有明通りを中央区へ向かって北進。勝鬨橋を抜けて築地へ。

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 といってもシーフードが苦手なので何を食うわけでもなく。ちなみにこの後ろで赤信号無視で転回して他車にクラクション鳴らされてたBMWSUVが10秒経たずにパトカーに捕まっていて、外人さんに苦笑いされておりました。恥を知れ!!!

 

 インターバルトレーニングのような自転車散策はまだ続く。

 銀座に入り歩行者天国を横目に国道1号線に入ろうと思ったが、あまりの人の多さに皇居方面へ回避。日比谷通りを北上し和田倉門前から東京駅方面へ寄り道。

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 以前来たときはまだ工事が完了していない頃だったと記憶。東京はいつもなんだかんだ工事やってるよな。

 さて本日の目的地である秋葉原へそのまま移動。先週の「あ、安部礼司」で神保町のカレー店特集を屋ていたので行きたい!!! と思ったのだが、いかんせんカロリー消費のために自転車をこいでいる側面もあるためちぃとパス。神田川を超えていつも通りの喧騒の中へ。ヨドバシ前の駐輪場に止めてここまで約1時間。距離にして12km程度だけど私鉄とかに乗らずに自由度の高い移動と考えたらやっぱり捨てがたいんだよな。

 

 そして無補給・無給水で走ってきたのでいい加減14時近くで腹も減ったし。

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 おいぃぃぃぃぃ!!!! さっきの「カロリー消費」云々はどうした俺!!!

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 いや、ちゃんとエコノミーですよ。というかヘルシー(少な目)でもよかったくらい。食わなくなったな俺。

 

 その後徒歩でラジオ会館だのヨドバシAkibaだのをいつも通り散策し、エアポートリムジンの時間を待つ。本当はスカイツリータウンのトミカショップで息子に初回限定かショップ限定のトミカをお土産に買っていこうと思ったのだが、初回限定のCBR1000はヨドバシで手に入ったのでまぁいいや。

 つつがなく羽田に到着し予定通りの便で北海道へ帰り...と思っていたら、プッシュバック直前で雨が。そのまま離陸したんだけど、途中山形上空での機長のアナウンスで「あと10分遅かったら雷雨で離陸できなかった」らしい。なんという引きの強さ!!!

 

 という日帰り東京。4年ぶりの自転車散策も気持ちよくできて、最高の土曜日でした。リリースしてくれた嫁に大感謝。

 

 

 

魂の願い

 もう25年も前の歌ですが。

・魂の願い

 徳永英明さんの曲で。

 

 最近、自殺したアイドルグループの子をめぐってのコメントであれやこれやが発生しているそうな。ダウンタウンの松本さんのコメントが何やら物議を醸していたり。そのバラエティ番組のOAを見ていないから詳しいことは言えないけど、要旨としては

「自殺した子に対してかばうという風潮ではなく、自殺自体を思い留まらせる方向にもっていけないか」ということだと読めるのだが。

 

 簡単に人の痛みがわかるなんて言ってはいけないと、40何年生きてきて分かった。その人にはその人の痛みと感じ方とがあって、ある人にとっては「大したことじゃないじゃん」と思うことでも、ある人にとっては身動きが取れなくなるほどの悩みとなって押し寄せる。自分が抑うつになったからこそ、その状態になったときの恐ろしさは少しだけ分かった。

 それでも、解決するのは容易じゃない。結局その状況から「遠く離れて」しまわなければ、もしくはその問題自体が「消滅」しないことにはまず先に進めない。自殺してしまうというのはその解決策を外部要因で何とかせずに、自分で世界から「退場」することに求めてしまうことに他ならない。

 

 松本さんやその意見に賛同する人たちの意見として、きっと「死ぬ」という選択肢はずっとずっと深いところに置いておいて、その手前の段階で何とかできるというのを周りが提示してやらなきゃならない、ということなんじゃないかと思う。ただ「死んでしまってかわいそう」で済ませちゃダメなんだと。

 

 うちの身内でも、もう10年以上前になるだろうか、自分で命を絶った人がいる。俺も小さいころかわいがってもらった優しい人だ。単身赴任が続いて、家族に会いたい、一緒にいたいという中で亡くなったと聞いた。それでも仕事から離れたらダメだと、見えない何かで囚われたかのように。

 もし誰かが、「放り出して一回帰っておいで」「そこの仕事がすべてじゃないよ」「別の仕事したっていいじゃん、自分のいたいところにいれば」と一言でも言ってやれれば、今も優しい旦那さんとして定年間近だったのかもしれない。周りの人たちも、みんなそれを悔やんでいた。

 

 今ある状況なんて、簡単に飛び越えられるものなんじゃないかといつも思う。嫌ならはぐれメタルのようにさっさと逃げちゃえばいいんだ。逃げるのが負けだなんて、それは勝ち組負け組なんて枠を当てはめようとする奴らのルールに過ぎない。息を一回するごとに、鼓動が一回なるごとに、人間なんて寿命をすり減らしてるんだ。迷惑かけない程度に、ささやかに穏やかに人生過ごしたって、誰かに文句言われる筋合いはねえ。

 

 タイトルの「魂の願い」という歌は、終盤に「頑張れ」という言葉が16回も連呼される。今なら「鬱の人とかに聞かせたら云々」とかいううるさい風潮なのかもしれないけど、自分はつらいときずいぶん救われた。

 

 精一杯頑張ってる人に、さらに一層の「頑張れ」じゃない。立ち向かう方向への「頑張れ」でなくていい。逃げ道を探す「頑張れ」でもいいはずだ。どこにいたって、どこに行ったっていいんだから。どうせ人間なんて、打ち所が悪いだけでもあっけなく死ぬときゃ死ぬ。急いで自分で終わらせなくてもいい。

 

 そう言いたいんじゃないかと思う。特に松本さんは子供が生まれてから余計にそう思うのかもしれない。

 俺も自分の子供が生まれてから、更にそう思うようになった。立派じゃなくても、離れたとしても、どこかで生きていてくれればそれでいい。

 

 だからこそ「死んだら負け」という表現をするのは、そんなにいけないことだろうかと思う、この騒ぎの話。

主人公

逆襲のシャア公開30周年で雑記。

 タイトルはさだまさしさんから。

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 ガノタの方々にとっては常識的なこととして、今年は「逆襲のシャア」公開から30周年。「00」10周年とかも今年だったか去年だったかそれはいいとして、気になる記事を見たってことで一つ。

 

「『逆襲のシャア』って結局どういう終わり方なの?」という。

 いろいろ賛否両論起こっているようで、30年たった今だにそういう話題が持ち上がるというのはある意味記憶に残るということでいいんじゃないかと。

 

 ぶっちゃけて言うと、一年戦争(初代のガンダムね)からグリプス戦役(俗にいうZの時代)を経たアムロとシャアの決着なんだけど、いろいろと言われようがひどい。「作を追うごとにシャアがかっこ悪くなる」だの、「個人のエゴのために戦争を起こして最後はアムロにボッコボコ」だの「結局生死不明であやふやに終わった」だの。ある意味もっともらしいのは「アムロとシャアの話の続編をずっと要求された富野御大がキレて今後の作品に出ないように公式でぶっ潰した」説。やりかねないけど、それは商業的な意味なので「結末」の解釈としてはちょっと横に置いておいて。

 

 見た人は分かるんだろうけど、確かにシャアがアムロと決着をつけるために水面下で軍を作って(ネオジオンですな)、アムロを引っ張り出すために小惑星アクシズを地球に落とす作戦を実行。一騎打ちで勝利したアムロアクシズガンダムで押し返そうとして、敵味方を超えて人がつながっていく...というようなざっくりした流れ。

 解釈は人それぞれでいいと思うが、変に小難しく考えなくてもいいんじゃないかなぁ...。真正面から捉えれば、初代・Zを経て人類に絶望したシャアがアムロと決着をつけようとして、ニュータイプの感応を知って人類の可能性を捨てないアムロがそれを止めようとする。本当に人類≒地球の滅亡を目の前にした一般兵が、連邦もネオジオンも超えて落下するアクシズに取り付き、極限状態で見せた心のつながりであるとか。そりゃあ、サイコフレームというトンデモ設定がどうのという話もあれど、それを言い出したらSFって基本的にトンデモ設定がないと成立しないからね、現代の科学レベルでいうと。

 

 でもそれを媒介にしたとしても、アムロとシャアが宇宙世紀の「史実」から退場したことと「人の意志の力」が具現化して隕石すら軌道を変えさせたというエンターテイメントはそこでいいじゃないかと。なんかテーマがどうのだの解釈がどうのだの七面倒くさいこといってんじゃねえ。

 

 そんなだから、個人的な話で申し訳ないが、一つ自分で気づいたことがある。

νガンダムが好きと言えない」。

 そう、主人公機であるνガンダム、そしてライバル機であるサザビーも、好きなんですよ。でも、素直にこの2機が好きと言えない。何だろう、このブレーキ。歳を取るにつれて量産機の武骨さが好きだの、ちょっとマニアックな機体が好きだの理由をつけて、王道直球主人公機の外連味が好きだと言えなくなっていく感じ。

 

 かっこいいじゃないか、主人公。ガンガンあり得ない動きで一般機を圧倒していくからこそ物語が成立するじゃないか。好きって言いなよ。あごクイするぞこんにゃろう。

 

 というわけで、齢42にしてようやく、30年の刻を超えて言おう。

ガンダム大好き!!! 主人公機が好きで何が悪い!!!」

 

 ...でもさすがにちょっと照れが入るな、文字で見ると。

 それはそれで、やっぱりあれこれフル装備のゴテゴテした状態が好きになれんのはもう個人的な好みってことでいいよね。オチなし!!!