ギラギラサマー(^ω^)ノ
モビルスーツアンサンブル18の話を
ずっとしたかったが、何すかこの北海道の暑さ。融けるよ道民。6月末には入手してたけど、全然作る気になれんて。特にうちはエアコンなんてブルジョワなものはないので、扇風機でしのがなければならんのです。
まあ今弾はMSVでしか出てきてないこほぉんなマニアックな機体が入ってるけどな。Gジェネで出てきたとき、「これを成長させなければならんのか...」と軽くめまいを覚えたくらいにして。
さて、こうした機体が立体化されるほどに今の世の中は多様性と言えるんだろうが、この構造もなかな。タイヤ部分、作ってしまうとただのタイヤになってしまうはずなのだが、この画像をご覧あれ。
タイヤの部品が妙に多いと思わんか。
よく見てほしい。タイヤが内側・外側に分割され、更に内部にはおそらくブレーキ構造と思われるようなパーツ割・モールドが。アンサンブルのこういうところ好きよ。完成したら全く見えねぇ。
それらをアッセンブルして完成したのがトップの画像。リアルスケールのモデルが知る限り存在しない(ガレージキットとかではあるのかもしれんけど)ので何とも言えんが、おそらくほぼディフォルメなしでこんなじゃないのかなと。すごい世の中になったもんだ。
え、他のモデルはどうしたかと? 実は今弾でリリースされている中で、ノーマルのザクウォーリア以外はゲットできたのです。でもね、最近息子が「おとうさん、知らない間にまたガンダムが増えてるんだけど」とごまかしがきかなくなってきた(上に妻に告げ口し始めた)こと、ゲームに興味を持ち始めてプラモから離れてしまったことから、前のように横で作るのもなんだかなあという状況になっちゃったの。おとしゃんちょっと寂しい。
とはいえ上のギガンは「あ、ギガンだ!!! ぼくもらっていい?」と素早くゲットしていくしたたかさ。どこかに飾るのかと思ったら、ロボット系のアレコレをしまっている「大事箱」に即収納。コレクターの片鱗か?
ちなみに息子は無事に7月で6歳に。その「大事箱」から引っ張り出してきたガシャポン戦士fのアレックスとザクII FZを出してきてこんな遊びを。
アレックスのビームサーベルが無いのでそこはご愛敬。そしてアンテナがすでに壊れている(外れている)という細かさ。子供の観察力と遊び方は面白いなぁというオチ。
キッズ・ノーリターン
ストライダーの12インチタイヤ交換の話。
さて連投。自転車ネタもエイヤと一気に進めないと、途中で工具引っ張り出してきて準備するのが億劫な年になってきた。先日息子のストライダーのタイヤをパンクさせてしまった。原因は「何を思ったか空気圧を読み違えたから」。もともとのストライダー純正アップグレードパーツについていたタイヤはコレ。
左がサイズ表記。12 X 1.75。右が空気圧なのだが、「35PSI」を「5BAR」に読み間違えたかもしれない。そりゃパンパン。で、結果。
見えにくいが、内部のチューブも当然破裂。これは取り外した後だけど。
で、シュワルベのキッドプラスを購入、チューブも米式12インチにそろえて交換。
わかります? 「2.0~4.5BAR 30~65PSI」。てことは、35PSIに5BAR入れてしまうとPSI表記では70PSI近く。そりゃ吹っ飛ぶさ。わかりにくいぞ国際規格!!!
さて無事にストライダー復活。とはいえ息子も5歳、そろそろ自転車へ移行する時期。後どれくらい乗ってくれるかわからんけど、思い入れの強いマシンが擱座したままってのも悲しいなあ...というのは親の視点か。外出も憚られるこんな世の中だけど、何とか家の周り程度で練習して、自転車にすんなり乗ってくれればいいなあと思うお父さんであった。
誰がために
プラモデルを作る行為は「誰のため」
4月も終わりの週末の話。息子がEGガンダムを「お父さんに」と作ってくれた。や、ロールアウトカラーにしようかと寝かせておいたのだが、まあいいや。
基本的に大人がプラモデルを作るのってのは自分のため、だと思う。自分以外のために作る、というのはそれが例えば誰かに「作って」と依頼された=対価が発生することだったり、対価が発生しなくても時間がないからと誰かの代行で作ったりと、基本的には受動的な動機に基づくものだと思ったりする。
自分がプラモデルを作ることが「誰かのため」となったのは、間違いなく息子のためということになる。それは保護者として、まだ工具やマテリアルを使うのに時期が早い幼児の代行という側面が多分に強いが、見本を見せることで「道具を駆使して何かを作ること」を教えるという行為も含んでいる。
さて、その手ほどきを済ませはしたものの、まだ一人で組むには小さいのと「興味を持って」「そこそこの難易度」というプラモが見当たらない。そんな中で俺の部屋の積みプラ倉庫で見つけたのが件のEGガンダムと。
とはいえまだ完全に一人でとはいかず、結局は隣についてわからない部分をアドバイス。エントリーグレードと言えど、パチンとはめ込むには力がいる部分もあるため、そこだけは手伝う。組むこと40分ほど、出来上がったガンダムで遊び始めるかと思ったら
「これね、おとうさんにあげるの。〇〇(息子)が作ったから、他のガンダムと一緒に飾ってあげてね。寂しくないように」
と。
というわけで、俺のデスクに並べて飾る。1/144スケールだからセカンドV・ユニコーンと図らずも大きさの比較に。
「誰かに何かを作る」。料理ならともかく、それがプラモデルだと、動機はいろいろなんだろう。息子が何を思って「おとうさんにあげる」と思ったのかはわからない。それが「成長を見せたい」というには若く、ただ作りたい口実を考えるにもそこまでの知恵ではないだろう。彼の心の中から「お父さんへのプレゼント」として、共通の興味であるガンダムを、自分の力で作れるものをと選んだのなら、これは嬉しいことだと思う。
それなら、税込み550円のプラモデルは安いもんじゃないか。
なんて御託を並べずとも「息子がプラモを作ってくれた」ってだけで嬉しいじゃないか!!! というオチ。
届かない青
モビルスーツアンサンブル17、諦めていたギュネイ機を息子がゲットした話。
この前、「ギュネイ機は諦める!!」と宣言していたMSアンサンブル17弾。
後日、幼稚園も春休み中の息子がバァバと買い物に行った先でたまたまガチャガチャを回したらば。
なんと一撃で当ててきたという、親父譲りのスナイパーぶりを発揮。おとしゃんはビックリだ。クェス機がダブっていたので、赤が好きな(これも俺譲り)息子にクェス機と交換してもらい、図らずもコンプと相成りました。
タイトルの「届かない青」がまさかの息子引き当てというオチ。
実はこの前日、息子と一つやり取りがあり。これまで息子にあげたガチャガチャのロボット(ガシャポン戦士シリーズ・MSアンサンブル・ロボットコンチェルトなど)が増えてきて、しかもミキシングみたいにバラバラにするもんだからアレの右手がないだの武器がどっか行っただの、ちょっと目に余る状態になっていた。子供としては遊びの道具だからそれはそれでいいんだけど、あちこちにパーツが散らばっているのはお片付けの観点からもよろしくない。ちょっと思案。
そんな折、息子が「いいなあ、おとうさんは。ガンダムいっぱい持ってて」。
うん、息子。ちょっとお父さんの話を聞いてくれるかな。
お父さんは確かにいっぱい持ってるけど、どれもちゃんと決まった場所に置いてる。そして、手とか足とか取れたようにはしてないよね?
お父さんは、(息子)にお父さんのロボットとかあげたけど、それはお父さんの友達だったりするんだ。だから、大事にしてほしい。体の部品がバラバラだったら、引き出しの中で泣いてないかな? そういうのを見ると、お父さんはすごく悲しい。ロボットも、(息子)に嫌われたのかなって思うかもしれない。(息子)はどう思う?
「うーん、そうだね、かわいそうだね」
じゃあ、お父さんと一緒に治してあげて、ちゃんとロボットが集まってしまえる引き出しにしようか。仲間が一緒だったら、部品もどこに行ったか分からなくならないと思うよ。
「わかった。おとうさんてつだってくれる?」
もちろん。
というわけで、立体パズル開始。数種類のシリーズもののロボット部品をあれこれ探してもとに戻すこと1時間。何とか一通りのパーツを元通りに組み立て、散らばった武器パーツなども本来のロボットに持たせるなどが終了。そら恐ろしいのは、俺ですら把握しきれていない各機体ごとに違う武器(ビームライフルなど)を覚えていて「それはリ・ガズィの」「それはガンキャノンの」「それはプロヴィデンスのだよ」と教えてくれること。俺でも追いつくのに怪しいのに、そりゃお母さん=嫁にとっては何のことやらってなるわ。
そんなやり取りを終えて、息子も整理されたお片付けボックスに並ぶロボットを見ながら
「なんかきもちいいね、みんなすきなんだーぼく。」と。
「ものを大事に」というのは、今の消費社会の中でなかなか伝えづらい話かもしれない。教える大人の側の方が、新しいもの・より使いやすいものなどに目が移りがちで、そんな姿を見ている子供に対してどこまで説得力を持てるか、いつも考える。
自分が子供の頃は「もったいないおばけ」なんてなCMもやっていたが、いつしか商業主義と使い捨て文化の影響かあまり聞かなくなってしまった。
でも、仮にも人型のものや子供の頃に好きだったものが、時間とともに「懐かしいもの」に美化されていく過程で、それが原形をとどめていなかったりやるせない扱いになってしまうことは、少なからず寂しいものだと思う。なるべくならあるべき姿を保ったままどこかにしまい込んで、ふとした機会に蓋を開けて、当時の自分と向き合う。幸せだった記憶ならなお良い。そんなことを、元の形を取り戻したロボットをキラキラした顔で見つめる息子に願うのだ。
ガチャガチャ一つでも、子供に伝えることがあるんじゃないか、という話。
風の街
たまには子育ての話。
しばらくプラモ話が続いたので。タイトルは小田和正さんの曲名で。
3月月替りの激務から帰った1日の夜。息子が出迎えて手を引く。嬉しそうに見せる先にあるのは、幼稚園で作ったという工作。ランダムな大きさの木片が大小様々、規則的だったりランダムだったりと並べられたそれを見て、「...街...?」と第一印象。
嬉しそうに答える息子。「そう、街だよ。すごいでしょ。」
当てずっぽではなかったが、そうかやはり。細かく説明を始める息子。
「この一番小さいたくさんのは、人。二人並んでたりするでしょ。」
「このビルの横についている四角は、窓拭きのあれ(ゴンドラのこと)」
確かに。トップ画像の裏側から見ると、たしかに背の高いビルの壁に不自然な四角があるのだが、高層ビルの窓拭きのゴンドラだこれ。
他の子達は、単体の物体、例えば飛行機だったり動物だったりを作っていたらしい。そんな中息子は、単体の物体ではなくまさかの「風景」を作ったということか。これだから子どもたちの発想というのは恐ろしい。しかもちゃんとそれっぽく見えるのだ。
ガンプラビルダー選手権で、長らくジュニア部門でトップを走っていた女の子がいた。世界一にもなった彼女は、もしかしたら家族(父親?)の影響でプラモデルだったり造形の技術に興味を持ったのかもしれない。そこまでいけとは言わないが、もしかしたら「ものを作る」という行為、形を捉える視点とかが、少しでも息子に影響していたらいいなあと考えてしまった。
子供の発想を否定せず、どこまで隣で並んでいてやれるだろうか。いつか、他の子供達の作品と比較しなければならなくなる時が来たとき、彼の見ている世界にどこまで入ることを許してくれるだろうか。
いろんな折り合いをつけながら、子供の頃に見ていた世界が少しでも君の支えになることを、おとしゃんは願わずにいられない。
B・BLUE
ガンダムアーティファクト・Ex-Sガンダム筆塗り、色分け完了。
下地以外はオール筆塗り。ただし時間切れで今日はドライブラシなどの細かい部分は仕上げてない。厳密にいうと顔の部分も細かなところは雑なまま。MSF、いや面相筆買うの忘れたんだよ...。
ブルースプリッター仕様の配色だが、小綺麗な白ではなく全体にNuln Oilでフィルタをかけ、スジボリにもそこにたまる陰影程度に留める狙い。もっとうまい人はたくさんいるだろうけど、まぁ参考程度に。
このモズの早贄状態も大分慣れてきたな。
これも途中経過。後ろに見えるのは、配色を確認するために見ていたホビージャパン。どこに載ってたかなぁと思案していたら、息子が持ってきてくれた。サンクス息子。そして横で息を飲みながら細かい部分の塗装を見守る5歳児。
後ろから、バックパックに金属色を足そうかと思案中、あまりやりすぎるとごちゃごちゃしそうな気もするが。
トップとは反対方向から。ひとまずこんな感じですよと。ざっと見るとHGUCみたいなしっかりした造形に見えるが、これで高さ5.5cm程度ですぜ。塗ってて楽しいけど、やっぱり老眼殺し。でも楽しい。楽しいが勝つからいいのだ。
次回、仕上げをしてから載せたいな、
みかんのうた
目を離すと息子がチョイプラ・みかんかっぱを作っていた話。
みかんみかんみかん!!!
というわけで、息子がニッパーを使って何か作りたい!! と言い出し、先日購入してきたチョイプラ・みかんかっぱ。その日は運転疲れで帰宅直後にぱったりと昼寝してしまったのだが、母=嫁と一緒にニッパーで素組したわが息子(5歳)。ゲート跡やらなんやらは仕方ないとして、ちゃんと説明書通りに組んでいた。まぁパーツも少ないからできなくもないけど、今どきの色分けされたパーツでなく完全に単色のプラモ。ランナー3つと確かにチョイプラ。
これだけ見るとアヒル隊長みたいだが、何やらWebでマンガも掲載されているらしい。ニッチなキャラを立体化するのも大変だと思うのだが、こういうプロジェクトは嫌いじゃない。
さて息子から「色塗ってほしいなあ...」というリクエスト。じゃあやるか。レッツ筆塗り。シタデルカラーで部分塗装。サーフェイサーも何も使わず一気に色分け。ちなみにスケール感は下のカッティングマットを見てもらうとわかるかと思うが、結構な老眼殺しだと言っておく。
はい、ドン。
目のハイライトが1mm程度なんすよ。くちばしの部分は体のみかん色とあえて区別するように明るい色にして、ヘタの緑と甲羅の緑も別にして...意外に手間はかけてます。
なんというか、平和なプラモっていいよね。最近息子とプラモとかアニメの話で説明するたびにガンダムや様々なキャラクター(ロボット)の多くはやっぱり「戦争の道具」なんだなあと痛感する。決してキラキラひかる綺麗ごとじゃすまされない。大人として何を教えなきゃならないのか、常に問われている気がしている。だからこそ、こういう「平和なキャラクター」の癒しが尊いと感じる。
まあ、並行して作ってるのはガンダムアーティファクトではあるんですがね。こういう矛盾をはらみながら、兵器を見てあれこれかっこいいだのなんだの言えるのはその銃口がこっちを向いていないから言えるんだよなあ...などと小難しい場所で右往左往。
塗ってる最中はなーんにも考えないでマインドフルネス。それでいいじゃない。