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変わりゆく変わらないもの

バケツのおひさんつかまえた

 これ知ってる人、どれくらいいるだろか?

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・バケツのおひさんつかまえた

 数日前、北海道ローカル局で「じゃりン子チエ」の劇場版が深夜に放映されていた。平成も終わる今の時期に放送して大丈夫か!? と思うほどの「昭和の描写」なのだが、昭和50年代に生まれてリアルタイムで見ていた(と言っても劇場版公開当時5歳)自分にとっては特別な作品でもあり。今回昔話に少しだけお付き合いを。

 

 大阪の架空の場所が舞台のいわゆる「昭和の大阪」感を満載した同作。端的にいうと、博打打ちの父親がいる小学生の子供がたくましく生きる(悲壮感は全く無い)漫画である。30代後半より上の世代であれば知ってる作品ではないだろうか。アニメにもなったしトップ画像の猫・小鉄で何となく分かる人もいるだろう。まぁ興味のある人は細かい内容を検索してもらうとして。

 

 さっきの通り、劇場版が公開されたのが81年だそうで俺の記憶(確か5歳頃)も間違ってなかったという。6歳離れた妹が生まれる前、うちは結構ギリギリの生活で。母親も入退院を繰り返して幼稚園にあがる前の俺が母方の親戚に預かってもらったりが年に半分くらい。外で遊ぶのが苦手なインドア派のルーツは変わらずで、今も祖母に「本を与えておけば何時間でも黙って読んでいた」と言われるほどの子だったそうな。

 そんな頃、この映画の今で言うムック本を親父が買ってきたんじゃないかな。フルカラーでいろいろ付録がついていた(思い出したがアイロンプリントとかも入ってたな)り、劇場版のほぼ全内容や「オイチョカブ」のやり方まで載ってたり(笑)。

 前述の通りに本を読むのが好きな子供だったらしいので、例に漏れずこの本も漢字が読めないなりに楽しんで読んでいた記憶がある。母が入院中の俺の世話をしに来てくれた祖母に「全部ふりがな振って!!!」と無茶ぶりしたそうな。そのおかげで、かなりの範囲の漢字を学校に上る前に読んでいた。

 

 幼稚園に上る前の時期、母親と離れて過ごさなければならない寂しさ。今の子供にとっては共働きが大半で珍しくもないかもしれないが、当時は専業主婦が当たり前の時代、早朝からパートに出て親父が出勤する頃に帰宅する母。入れ違いの数十分、俺が一人で留守番していた記憶。確かテレビで「一休さん」をやっていた。そんな時代。

 

 この作品も今見たらとてもじゃないけど再放送なんてできないだろうなあという内容。差別用語もわからないくらいあるだろうし、小学生に働かせてるだの酒を勧める描写だの博打だ喧嘩だとまぁ一言でいうと「治安の悪い」世界なわけで。でも、「昭和の空気」を思い切り閉じ込めたタイムカプセルでもある。

 今、3歳半の息子が俺の親父=じぃじと録画していたこれを見た様子で。なんのことやらという感じでケラケラ笑っているが、21世紀の親父=俺はどうやってこの子に教えるべきかを問われている気分。それと同時に湧き上がる、子供との向き合い方。

 

 俺がこの作品を見るたびに、懐かしいけどどこか寂しい「昭和」を思い出すように。

 今の息子がいつか2019年を思い出すのは、何を見てだろうか。その時、少しでも寂しさより楽しい記憶になるだろうか。

 子供の頃の記憶にふれるたび、そう思うことが増えた。

 人は子供を育てながら、自分の人生を追体験しているなんて言われるが、本当にそれを実感している。難しい。

 

 腰の爆弾を気にしながら、少しでも息子と交流すべく簡単に絵を描いたりする。と言ってもトミカをデッサンしたり、トップ画像のように検索した画像から模写してみたりだけど。うちの親には「あんたにこんな技があったなんてねぇ」と。

 親父がしてくれたんだ。「これ描いて」と頼んだら、営業で一日疲れたろうに翌日の朝になったら枕元に模写した漫画が置いてあって。一番衝撃を受けたのはエルガイムマークII(じゃりン子チエじゃないんだわこれが)。素直に「親父すげえ!!!」と思った。

 

 息子が「とーちゃんかっこいい!!!」と、わかっているのかいないのかキラキラと叫ぶ。全身で嬉しさを表現して、怒られたら「嫌い!!!」とそっぽを向いて、すぐに「でも大しゅき」と甘えてきて。感情のジェットコースターをとてもまぶしく感じながら、少しでも「親父はすごい!!!」と思わせられるように「小さな魔法」を磨いておく。いつかこの子が記憶の引き出しを見返すときに、「ああ、あのとき親父が見せてたのはこれだったんだ」と答え合わせで楽しめるように。少しでも勇気を見つけられるように。

 

 昭和は遠くなりにけり、なんていうが。

 今の平成を生きている人に取ってはいつか「平成は遠くなりにけり」になるわけで。

 でも、人の営みは大きくは変わらないはずだ。

 

 大切な人を、大切にしながら生きていくんだから。

 

 なんて思った1月最後の日曜日。